夕食の用意が済み、深雪は部屋に籠っている達也に扉越しに声をかける。
「達也様、御夕食の用意が出来ました」
『ああ、すぐに行く』
言葉の感じから本当にすぐに来てくれるだろうと感じ、深雪は達也が座る椅子の前に腰を下ろし大人しく待つ事にした。
「達也様、お疲れさまです」
「ああ、深雪もご苦労様」
深雪が感じた通り、達也はすぐに部屋から顔を出し深雪の前に腰を下ろした。達也の表情からかなり忙しいのだろうと感じ取った深雪が労いの言葉をかけると、達也も深雪を労った。
「達也様は今の世界情勢をどのように考えておられるのですか?」
「今のというのは、新ソ連と大亜連合との戦争の事か? それとも、ディオーネー計画とESCAPES計画の事か?」
「そうですね……まずは戦争の方をどう思われているのかお聞かせ願っても宜しいでしょうか?」
「ああ」
達也が創っている魔法がどういうものかは分からないが、関係があるとすれば戦争の方だろうと直感していた深雪は、あまり関係が無さそうな会話からそこに繋げる事にし、あまり脈略が無い会話を始めた。
「先日風間中佐にも言った事だが、大亜連合の最大の前提条件が覆った瞬間、この戦争は終結するだろうね」
「前提条件というのは、戦略級魔法師であるベゾブラゾフが死亡したという例の噂ですか?」
「そうだ。大亜連合の軍隊は戦略級魔法で攻撃される事は無いという考えで攻め込んでいるから、そこに戦略級魔法での攻撃が来れば一気に瓦解する。一度瓦解してしまえば大亜連合側に戦線を維持するだけの力は無いだろう」
「ではそうなった場合、新ソ連の軍隊はそのまま日本を目指すと思われますか?」
「本気で侵攻しようとは思わないだろうが、脅威を与えるくらいの考えはあるかもしれないな。もし可能なら、そのまま攻め込んでくる可能性もあるだろうが」
「その場合、北陸ですか?」
「その可能性が一番高いだろうな」
過去の佐渡侵攻や国籍不明の戦艦が見受けられる事が多くなっている北陸に攻め入ってくるだろうという事は深雪にも簡単に想像がつく。だが彼女が知りたい事はそんな事ではないという事も、達也には容易に想像がついていた。
「そうなった場合、達也様が対処に当たられるのでしょうか?」
「リーナから何か聞いているんだな?」
質問に質問で返す形になったが、達也は深雪が何を知りたいのかに合点がいった。リーナが魔法の内容まで話していれば、こんな質問はしてこなかっただろうし、リーナにも言っていい事と悪い事の分別がつけられたようだと達也は内心そんな事を思っていた。
「……はい。実はお昼ごろ、リーナからメールがありまして。達也様が巳焼島の研究所で魔法を創っていたと聞いたものですから」
「確かにあれは、新ソ連が北陸に攻め込んできた場合を見込んで開発している物だが、俺が使う為では無い。より相応しい魔法師を知っているから、そいつに使わせるつもりだ」
「北陸という事は、一条君でしょうか?」
「その通りだ。あいつなら魔法力も問題ないだろうし、名乗りを上げてくれれば注目される事は間違いない。ついでに、開発者名を吉祥寺にしておけば、こちらに向けられる注目はだいぶ下がるだろう」
「失礼ながら達也様、いくら吉祥寺君が優秀な研究者だとしても、達也様程の技術があるとは思えません。ましてや会話の内容から察するに、達也様が創ろうとしている魔法は戦略級魔法ですよね?」
「そうだ」
深雪がその程度の事に気付かないとは思っていなかったし、いずれは話すつもりだったので達也は一切隠そうともせず、自分が新たな戦略級魔法を創っている事を認めた。
「そんな事をすれば、軍事バランスが崩れてしまうのではありませんか?」
「俺が前線で出ても、あまり変わらないだろうがな。あくまでも俺が戦略級魔法師であることを隠す為に、一条には目立ってもらうだけだ。威力も俺の『マテリアル・バースト』やリーナの『ヘヴィ・メタル・バースト』のようにバカげているわけではないしな」
「ですが、達也様からの申し出を、一条君が受けてくださるでしょうか? 彼は達也様に対してライバル心を燃やしているようですし……」
「あくまでも吉祥寺が開発したと思い込ませれば、アイツは簡単に使うだろう。あれでも十師族の跡取りとして、自分の役目を理解しているだろうし、完成した魔法で国の脅威を取り除けると知れば、特に不審がることもないだろうしな」
達也の目論見通りなら、新ソ連軍が攻め込んできたタイミングで吉祥寺が一条に提案するだろうから、本当に吉祥寺が魔法を創りだしたのかどうかなど気にしてる暇は無いだろう。ましてやその魔法が戦略級魔法に該当するなどと夢にも思わないだろうと、達也はそんな黒い事を考えている。
「達也様ったら、お人が悪いですね」
「今更だな」
だが深雪にとって、達也が黒い事を考えているのなど日常茶飯事であり、今更そんな事で驚いたりもしなかった。
「だが一番は、そんな魔法など必要なく物事が終わる事だがな」
「そのような可能性は殆どないのではありませんか?」
「そうだな」
ほぼ確実に新ソ連軍は日本に攻め込んでくるだろうと思っているので、達也は深雪の問いかけに苦笑いを浮かべながら頷いたのだった。
そして相変わらず人が悪い達也だったと……