劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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使えそうな物があると気付いてしまった……


光宣の作戦

 光宣はレグルスとレイモンドを神戸の隠れ家に置いて、一人で奈良に来ていた。奈良にも周公瑾が築いたネットワークが残っている。去年の秋、他ならぬ光宣自身が達也と協力してその一部を暴いたが、魔法とは縁のない「一般人」の間にも周公瑾の手は伸びていた。光宣が今いるのは、そうした「魔法とは縁のない一般市民」の所有する民家だった。

 

「恐ろしい相手だったんだな……」

 

 

 思わず、光宣の口から独り言が漏れる。以前の自分が思っていた以上に、周公瑾は厄介な敵だった。だが今はそのお陰で、光宣は不自由なく動く事が出来る。

 とはいえ、安全に行動できるのはここまでだ。ここから先は、自分を待ち受けている九島家の懐に飛び込んでいかなければならない。彼の目的地は『第九種魔法開発研究所』。旧第九研、「九」の魔法の本丸だ。光宣はそこから、封印されているパラサイドールを奪取するつもりだった。

 七草・十文字家連合、特に克人と戦って、光宣は一人の限界を痛感した。レグルスとレイモンドを助けたのは手を借りようという下心があっての事だが、あの二人だけでは足りない。それに彼らには彼らの仕事がある。もっと他に、手足となって働くものが必要だった。周公瑾と懇意にしていた関西の古式魔法師は当てにできない。彼らはずっと、第九研と対立してきた。そしてこの身体は「九」の魔法師の一つ、九島家直系のものだ。隠れ家と違って、周公瑾の知識を持っていても彼らが味方してくれるとは思えない。

 そこで光宣が思いついたのは、パラサイドールを配下に従えることだった。パラサイドールの開発は中止された事になっているが、性能的には既に完成している。ただ倫理的な理由で実用化が凍結されているだけだ。何よりパラサイドールの中核は、その名から分かる通りパラサイト。自分ならば人間の魔法師よりも上手く使えるはずだと、光宣は考えた。運用試験で破損したパラサイドールは修理された上で、旧第九研の倉庫に封印されている。そこに忍び込んで、パラサイドールを再起動させることが出来れば、彼女たち自身の戦闘力で脱出は難しくないはずだった。

 しかし、旧第九研は九島家の管轄下にある。それは九島家が十師族を外れても変わらなかった。光宣がパラサイドールを狙う事を予想していなくても、旧第九研には九島家による厳しい警備が敷かれているだろう。もしかしたら彼の祖父、九島烈が待ち構えているかもしれない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。旧第九研はまさしく「虎穴」だと、光宣は思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四葉家当主・四葉真夜は、関空で発見された密入国者の調査を四葉分家の一つ、黒羽家に任せた。黒羽家当主・黒羽貢には、優秀な双子の子供がいる。姉・黒羽亜夜子。弟・黒羽文弥。

 達也は黒羽家に捜査を任せると聞いた時「黒羽家ならば学業よりも任務を優先するかもしれない」と考えた。だが達也の推測は、この時点ではまだ、正しいとは言えない。貢は自分の子供たちを、学校を休ませてまで阪神地域へ派遣したりはしなかった。

 六月三十日、日曜日。亜夜子と文弥の双子姉弟は、関西国際空港に来ていた。

 

「あまり参考にならなかったわね」

 

「写真では分からない密入国者の特徴や、見失った時の状況が聞けただけでも大きいよ」

 

 

 せっかく時間を割いてくれた警官に対する感謝が欠片も見られない亜夜子に、文弥はそう反論して遠回しに姉を窘めた。

 

「それにしても、姉さんが当事者の巡査さんと知り合いだったとは思わなかった」

 

「空澤さんが第一発見者だったのは単なる偶然だけど」

 

 

 亜夜子は三年前、中学二年生の夏休みに、一ヶ月ほど文弥と離れて神戸にいたことがある。同じ年ごろの少女だけを対象にした、泊まり込みのマナースクールに参加していたのだ。無論仕事絡み、潜入捜査だった。

 上流階級の子女を洗脳して工作員に仕立て上げる無国籍犯罪組織の陰謀を暴く事が目的で、亜夜子は無事その任務を成し遂げたのだが、その際に当時まだ第二高校の生徒だった空澤巡査といろいろあったらしい。

 

「でも結局、手掛かりにはならなかったでしょう?」

 

「全く手掛かりが無かったわけじゃないよ。密入国者の二人は有人タクシー乗り場で突然、姿が見えなくなった。追いかけていた人影と同じ姿の人間がいなくなった。その際、タクシーではなく乗用車で走り去った二人の人間が監視カメラに記録されていたけど、その二人の姿は空澤巡査が目撃したものとは別だった。走り去った車も、空港の外に配置された街路カメラには同じ特徴の車両が映っていなかった。これって、あの魔法が使われた状況に似てない?」

 

「……九島家の『仮装行列』ね」

 

「そう。そして、九島家でパラサイトの協力しそうな人物と言えば」

 

「先日パラサイトになって、私たち四葉家に挑戦してきた九島光宣。彼しかいない……ほら、結局達也さんの仮説通りじゃない」

 

「……でもこっちに来たお陰で、その仮説が正しいって証明されたわけだし、全くの無駄足だったという事ではないだろ? スターズと推定されている密入国者は、九島光宣に匿われていると断定出来たんだし」

 

「そうね」

 

 

 文弥の言葉に、亜夜子はとりあえず同意を示したのだった。




双子は達也至上主義だしな……

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