劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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侵入も何も、一応関係者なんですけどね……


光宣の侵入

 テーブルを囲んでいた烈、亜夜子、文弥の三人は、丁度スープを飲み終えたところだった。全員が一斉に研究所正面の方向へ振り向く。立ち上がったのは文弥だけだが、烈も亜夜子も、それを咎めたりはしなかった。

 

「何故、接近の警報が鳴らなかった?」

 

 

 烈の呟きは「不審者接近を告げる警報が何故ならなかったのか」という意味だ。その呟きを聞いても、文弥と亜夜子は答えられない。

 

「……結界か」

 

 

 彼は他人の意見を聞くことなく、自力で答えに至った。かつて「世界最巧」と呼ばれた烈が気づかない程に、魔法の波動を隠蔽する結界。想子波を遮断するのではなく分かりにくくする攪乱フィールドが、研究所前方の広い範囲と敷地内半分を覆っている。その事実に烈は、この段階になって漸く気づいた。

 

「これは大陸南西部の方術士が得意とする隠蔽結界だな」

 

 

 ここで烈が「大陸」と言っているのはユーラシア大陸の事でもアジア大陸の事でもなく、大亜連合の領土にほぼ重なる地域の事だ。「大陸南西部」は四川・雲南地方を指している。

 

「閣下! 光宣君が来たのではないでしょうか」

 

 

 大陸の結界と聞いて、光宣を連想したのは文弥だった。

 

「光宣ならば、狙いはパラサイドールだろう」

 

「パラサイドールというのは、去年、スティープルチェースの会場でテストされた人型兵器のことですか?」

 

「知っているのかね」

 

「はい。些か、関わりがありました」

 

 

 烈の反問に、亜夜子が頷く。

 

「そうか。そのパラサイドールで合っている」

 

 

 烈は亜夜子の最初の質問に答えた後「あの時動いていたのは、司波達也君だけではなかったのか」と独り言のように付け加えた。亜夜子からすれば、あの時「動いていた」と言える程の成果を上げていないので、烈の言葉にどう反応すれば良いのか悩んだが、幸いそんな事で頭を悩ませる時間は無かった。

 

「パラサイドールは北側の倉庫に封印されている。すまないが、そちらの応援に行ってもらえないか。私も研究所内の状況を確認し終えたらすぐに向かう」

 

「分かりました!」

 

 

 黒羽家の二人が烈に従わなければならない理由は、本来ない。だが九島光宣は、四葉家にとっても敵だ。彼がパラサイドールを求めて研究所を襲撃しているのであれば、その目的は戦力増強、この人型兵器を自分の手足として使おうとしているに違いない。四葉家の敵が戦力を調達しようとしているのを邪魔するのは、四葉分家として当然の義務。

 

「姉さん、行こう!」

 

「ええ」

 

 

 この文弥の判断に、亜夜子も反対しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧第九研の警備は、力を増した光宣にとっても決して楽を出来る相手では無かった。だが――

 

「(真由美さんたちや、十文字さんほどじゃない。ましてや達也さんと比べるまでもない)」

 

 

 光宣は旧第九研の警備に当たっていた人間を短時間で倒し、封印したパラサイドールを格納する倉庫に辿り着いていた。先日、彼がパラサイトになる為に忍び込んで以来だが、鍵は取り替えられていない。幾ら電子錠とはいえ、不用心だと光宣は思った。

 

「(――いや、待てよ)」

 

 

 光宣は念の為『仮装行列』と『鬼門遁甲』で守りを固めて、一歩離れたところから『電子金蚕』を非接触で放った。『電子金蚕』が電子錠に侵入する。その直後、電子錠のコンソールで激しい放電が起った。

 

「(……危なかった)」

 

 

 今の電圧・電磁量は致死レベルに達していたように見えた。光宣でも、不用意に接触すれば暫く行動不能に陥っていただろう。

 

「(魔法を放つ瞬間は、その魔法に対して無防備になる……この原理を逆手に取った罠か……これを仕掛けたのは、恐らくお爺様だろう。さすがはかつての『世界最巧』)」

 

 

 だが光宣は空中に電流の通り道を作って『電子金蚕』を離れたところから放つアレンジを編み出していた。電気の通り道をそのままにしておけば感電する恐れがあった。だが『電子金蚕』の通過と同時にラインを閉じるようにしてあったのが功を奏したのか、コンソールの放電は光宣に何の害も及ば差なかった。

 もう一度『電子金蚕』を放つ。既にコンソールの電子回路は焼き付いている。電子錠はコンソールからの信号ではなく『電子金蚕』が代わりに送り込んだ信号により作動し、光宣を迎え入れた。

 扉を潜り抜けるのと同時に、光宣の虚像が攻撃を受ける。先日と違い、倉庫の内部にも警備の人間を配置していたようだ。しかも一人や二人ではなく、五人以上の気配が、光宣に牙を剥く。

 

「(今の僕に気配を覚らせなかったとは見事な腕だ! だが、足りない)」

 

 

 光宣は九島家の人間だった頃の意識で、彼を迎え撃った魔法師を惜しんだ。

 

「(パラサイトとなり、力を存分に発揮出来る僕を停めるには、これだけでは足りない。まして、達也さんや克人さんとやり合った後だと、どれだけの実力者だろうが僕にとっては不足にしか思えない)」

 

 

 達也も克人も、本気で自分を捕まえようとはしていなかったように感じられたが、光宣にとって彼らはかなりの強敵だったのだ。だからこれくらいの警備なら、彼にとって無いも同然だ。

 一分も経たず、戦闘が終わる。最終的に六人の魔法師が、倉庫の中に倒れていた。




実力は本物ですから

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