劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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同い年対決


文弥VS光宣

 文弥と亜夜子は、場所を教えられた倉庫に直行しなかった。彼らが向かったのは駐車場。ここまで乗ってきた黒羽家の車だ。文弥はそこに『ダイレクト・ペイン』専用CADを置いて来ていた。

 

「若!?」

 

「九島光宣の襲撃だ! お前は本家と父さんに連絡の上、ここに待機! 退路を確保!」

 

「分かりました!」

 

 

 黒羽の黒服の中で文弥の側近を務める、黒川白羽という「黒だか白だかはっきりしろ」と言いたくなるような名前を持つ青年が、無駄な問答はせずに文弥の指示に従って通信機のスイッチを入れた。文弥が後部座席の小物入れから、黒塗りのナックルダスターを取り出す。彼はそれを右手に嵌めた。軽く握り込むことで、ナックルダスター形態の専用CADに電源が入る。

 

「姉さん、お願い」

 

「分かったわ」

 

 

 亜夜子が研究所の敷地の北側へ目を向ける。建物と建物の隙間から、件の倉庫は見えていた。

 

「あれね。念の為、屋根の上に飛ばすわね」

 

「了解。姉さんは無理に来なくて良いよ」

 

「警戒は怠らないわ」

 

 

 文弥の心配を笑顔で蹴飛ばして、亜夜子は『疑似瞬間移動』を発動した。文弥の身体が消え、次の瞬間には、彼は約八十メートル先の、屋根の上に出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強力な魔法が、今いる倉庫に向かって放たれたのを光宣は感知した。

 

「(『疑似瞬間移動』か)」

 

 

 直接攻撃用の魔法ではないが、ここに戦闘員を送り込んだのだろう。屋上に気配が生じる。だが光宣は構わず、実行中の魔法に力を注いだ。

 

「――完了だ!」

 

 

 思わず、力のこもった独り言を漏らす。その直後、倉庫の天井に穴が空いた。戦術核にも耐える複合材が、僅か数十秒の魔法で破られたのだ。使われた魔法は『酸化崩壊』。光宣も得意とする、固体から強制的に電子を排除して分子間結合力を奪う魔法だ。光宣自身が使う『酸化崩壊』よりも劣るが、この魔法師の『酸化崩壊』もかなりハイレベルな代物だった。

 

「黒羽文弥?」

 

 

 光宣は、その穴から飛び降りてきた小柄な人影に、見覚えがあった。去年の九校戦。その新人戦モノリス・コードで四高快進撃の立役者になった、彼と同学年の少年魔法師だ。

 黒羽文弥は光宣の声に応えず、右手を前に突き出した。

 

「(ナックルダスター?)」

 

 

 その拳には黒塗りのナックルダスターがはめられているが、光宣との距離は十メートル近くある。光宣には文弥が何をしたいのか分からなかった。

 その、一瞬前までは。突如として光宣を、激痛が襲う。

 

「(腹を打たれた?)」

 

 

 だが、文弥の拳が届いていない事は確かめるまでもなく明らかだ。空気弾や「圧力」が撃ち込まれた感じでもない。

 

「(クッ!?)」

 

 

 光宣は肉体の制御を脳・神経系によるコントロールから精神による直接制御に切り替え、痛覚神経をカットした。

 

「(痛みが消えない!?)」

 

 

 だが依然として、腹部が激しく「痛む」。

 

「(このままではまずい!)」

 

 

 正体不明の攻撃に曝される危機感から、光宣は文弥に向かって電離した空気弾『プラズマ・ブリット』を連射した。文弥は九校戦でも見せた素早い空中フットワークで光宣のプラズマ弾を全て躱し、着地した一瞬に再び右手を突き出した。

 

「ぐっ!」

 

 

 光宣の口から苦鳴が漏れる。彼は右手で、右目を押さえた。目が潰れたのではないかという激痛が右目に生じたが、右の掌に感じる眼球の手触りは、目に何の損傷も生じていないと告げている。

 

「(負ける? このまま何も出来ずに?)」

 

 

 彼は「望み」を叶えられなくなるという焦りに駆られて、自爆的な魔法を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神に直接痛みを与える文弥の魔法『ダイレクト・ペイン』は、パラサイトにも有効だった。一撃で倒せなかったのは予想外だが、二発撃ちこんで光宣は膝を突いている。この場を冷静な第三者が見ていても、あと一歩で文弥の勝利だと思ったに違いない。

 しかし、三発目の『ダイレクト・ペイン』を放とうとした瞬間、文弥は強烈な危機感に見舞われた。

 

「(まさか『ノックス・アウト』!?)」

 

 

 『ノックス・アウト』とは、窒素化合物を出現させる魔法。具体的には空気中の酸素と窒素を強制的に化合させる吸収系魔法だ。生成する化合物は毒性が極めて高い二酸化炭素を避けて、主に一酸化窒素を作り出すように魔法式が組み込まれているが、一酸化窒素にも毒性はある。吸い込めば数分で意識を喪失する。この特性から「ノックアウト」とのダブルミーニングで『ノックス・アウト』と名付けられている。

 この魔法の対人効果は一酸化窒素による意識喪失だけでなく、空気中の酸素を大量に消費する事で、酸素欠乏状態も作り出す。閉鎖空間では、きわめて脅威度の高い魔法だ。

 

「(自殺する気かっ!?)」

 

 

 文弥は心の中でそう罵ったが、本当は分かっていた。これはパラサイトの生命力と治癒力を当てにした「ごり押し戦術」だと。文弥は出入り口まで下がって扉の開閉ボタンを押した。彼にとって幸運だったのは、九島烈が仕掛けた罠は外のコンソールだけに影響するもので、扉のシステム自体には害が及ばぬようになっていたという点だ。モーターは問題なく作動し、扉はスムーズに開いた。文弥は倉庫から飛び出すと、念の為に二十メートル前後の距離を取った。




光宣が普通の人間だったら、文弥が勝ってたな

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