お見合い相手だといわれた相手を見て、愛梨は父親が自分の事など考えていなかったと確信した。
「失礼ですが、六本木さんはお幾つでしょうか」
「二十七です」
「そうですか」
明憲の歳を聞いて、愛梨は愕然とする。誕生日が来てるか来てないかにもよるが、自分と十一も離れている相手をお見合い相手にするのと、相手が同じ師補十八家の『六本木』である事から政略結婚の臭いがかなりして来ていたのだ。
「(やっぱりこの人は私の事なんて考えてないんだ)」
昔からあまり仲は良く無かった。だけどきっと娘の幸せを考えてくれていると、愛梨は心のどこかで父親に幻想を抱いていた。だがその幻想は今日この瞬間に砕け散った。
「愛梨と明憲君が結婚してくれれば、私も安心して一色を任せられるな」
「まだ気が早いですよ、お義父さん」
「(何この会話、まるでもう結婚が決まってるような感じがするじゃない……)」
逃げ出したい、愛梨はそう強く思ったが今の自分の格好を見て諦める。和装では上手く走れないだろうし、逃げ出そうにも車は父親が用意したものだ。侍女頭が自分の味方をしてくれるのかも定かでは無い。
「(私が『一色』だから? 師補十八家の娘だから? こんな思いをするくらいなら普通の家に生まれたかった。高い魔法力なんていらない、自由に結婚相手を選べるのなら地位も名誉もいらない!)」
このままでは愛梨は明憲と結婚させられるだろう。何せ自分の父親と相手が既にそのつもりなのだから、愛梨がいくら喚こうが泣き叫ぼうが取りやめには出来そうにない。それこそ愛梨に相手が居ない限り……
「(司波深雪がうらやましい……血の繋がりがあるとはいえ、それが邪魔になるのはそういった事をする時だけ。それ以外は一緒に居られる理由でしか無いんだから……)」
愛梨は深雪も自分と同じ立場である……いや、それ以上に自由恋愛が出来ない立場である事を知らない。だが愛梨も深雪も想い人は同じ。そして深雪は四六時中達也と一緒に居られるのに対して、愛梨は会うことも儘なら無いのだ。
「失礼します」
「何だ、お前の同席は認めてないぞ」
「承知しています。ですがお嬢様のお忘れ物を届けに参りました」
「私の?」
侍女頭の手にあるのは愛梨の携帯。さっき車に落したのかと、愛梨は携帯に手を伸ばした。
「先ほどから電話が掛かってきてましたので、失礼ながらお届けにあがった次第です」
「そうか……愛梨、さっさと済ませなさい」
「はい……」
侍女頭から受け取って携帯を見ると、思いも寄らない相手からの着信があった。
「(えっ、何で……)」
困惑しているところに、もう一回着信が入る。愛梨は戸惑いながらもその電話を受けた。
『愛梨か? 俺だ、達也だ』
「達也様……何故私に電話を?」
『香蓮たちからメールをもらってな。嫌々お見合いしてるから助けてやってくれって頼まれたんだが……何をすれば良いんだ?』
九校戦終了後のダンスパーティーで互いの連絡先とアドレスの交換をしていたのが役に立ったと、愛梨は嬉しさのあまり泣きそうになっていた。
現代ではメールアドレスの交換はあまりしないのだが、高校の違う達也とはこっちの方が自然だろうと愛梨たちが申し出た事なのだ。
「達也様はどちらにいらっしゃるのですか?」
『俺か? ちょっと用事があって石川に居るが……』
「何処です!」
まさか達也が石川に居るとは思って無かった。これなら何とかなるかもしれないと、愛梨は計画を即興で練り始める。
「(普段香蓮さんに任せっぱなしだったのが原因かな、上手く案が纏まらない……)」
「失礼、お嬢様」
「何?」
「私に妙案がございます」
侍女頭の提案に、愛梨は乗る事にした。
「達也様、どれくらいで此処らへんに来られますか?」
『近いからな、十分はかからない』
「お願い出来ますか?」
『あまり気は進まないが……友達の為なら仕方ないな』
愛梨は達也に友達と言われて少し心が痛む。だが彼の事情を知れば友達と認められているだけでもかなり脈ありなのだ。
達也との電話が終わり、愛梨は父親が待つ部屋へと戻った。計画を実行する為には一度部屋に戻る必要があったのだ。
「遅かったな」
「ごめんなさい」
「それじゃあ式の日取りだが……」
自分が居なかった数分の間に、そこまで話を進めていたのかと、愛梨は舌打ちをしたくなったのを辛うじて我慢した。
「悪いですが、この話は無しにしてください。てか勝手に決めないでよね」
「何を言う愛梨。これはお前の為に……」
「嘘。貴方は自分の事しか考えてない。この人と結婚して、私が幸せになると本気で思ってるんですか?」
「当たり前だろ! 六本木家のご子息と結婚すれば、いずれは十師族にだって……」
「それが貴方の思う幸せなら、私の幸せとはかけ離れてる。貴方の幸せを私に押し付けないでよね!」
そう言って愛梨は部屋から逃げ出す。これは当然打ち合わせ通りなのだが、何もあそこまで言う必要はなかったのだ。だがあれは紛れも無い愛梨の本心。昔から父親に言いたかった事なのだ。
「待ちなさい、愛梨!」
拘束魔法が愛梨に襲い掛かってきたが、その魔法は霧散してしまった。
「な、何事だ!?」
「さようならお父さん、これから私は友達の家でお世話になるから。もう一色の家には帰らないつもり。貴方が考えを改めるまではね」
待たせていた車に乗り込み、愛梨は建物から遠ざかる。ミラーに映った父親の顔を、愛梨は一生忘れないだろうと思っていた。
「これから如何するんですか?」
「香蓮さんの家が匿ってくれるらしいのよ。これであのクソ親父も考えを改めざるしか無いでしょうからね。何せ私は一色の一人娘なんだから」
分家にも子供が居ない為、愛梨は次期当主なのだ。その愛梨が家出をしたと世間に知れれば、一色の評価は一気に下がる事だろう。
「そうだ」
愛梨は携帯を取り出し、今回の王子様に電話を掛けた。
『あんな事でよかったのか?』
「達也様にしか出来ない事ですわ」
対抗魔法「術式解体」は、愛梨が知る限り達也にしか使えない。逃げ出したとしても拘束魔法で捕まってしまうので、その魔法の効果を失くす魔法が必要だったのだ。
「本当は達也様が颯爽と現れて私を攫ってくれるって展開の方が良かったのですが」
『それは無理だろ……俺は普通の高校生だぞ』
達也の白々しい言い訳も、愛梨には通用する。彼女は達也の本当の理由を知る事が出来ないからだ。
『それじゃあ、俺はこれで。良かったな愛梨、助けてくれる友達が居て』
「達也様もその一人ですわよ」
こうして、愛梨のお見合いは破談になり、六本木家から一色家に抗議が来るのだが、その騒動が治まるまで、愛梨は九十九崎家で過ごしていたのだった。
反省した父親が迎えに来たのは、夏休みが終わる少し前になるのだった。
白馬に乗った……いや、大型バイクに乗った王子様……使った魔法は術式解体ではなく術式解散なのですが、愛梨は知らないために術式解体と表記してます。
そして侍女頭は愛梨の味方です。