劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1610 / 2283
亜夜子も参戦


双子VSパラサイドール

 一酸化窒素に中枢神経を冒され、更に酸素欠乏にまで曝されて、光宣の肉体は活動を停止していた。しかしパラサイトである彼の精神は、外の世界を認識し、外の世界へ働きかける力を失っていなかった。

 

「(お前たち、行け!)」

 

 

 光宣は十六体のパラサイドールに、戦闘の開始を命じた。彼女たちの封印は光宣がついさっき、全て解いた。元々何時でも稼働が可能な状態に修理された上で凍結されていたのだ。パラサイドールたちは扉が開いたままの出入り口へ向かって駆け出した。

 次に彼は、倉庫内の窒素化合物を酸素と窒素に戻した。空気が呼吸可能な状態になった時点で、治癒能力は自動的に作動している。

 

「人間のままだったら、負けていたな……」

 

 

 うつぶせの状態から両手をついて身体を起こしながら、光宣は苦く、弱々しい声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜子は約五メートルの距離を進むのに、一分以上を要した。敵が次々と襲いかかってきたからだ。相手は全て古式魔法師、それも大陸から渡ってきた『方術士』であるようだ。

 亜夜子の能力は、戦闘向きではない。それにもっと広い場所に向いていて、このような遭遇戦は彼女が最も苦手とするシチュエーションだった。

 それでも、姿を消して逃走することなく七人の方術士を地に這わせた。次々と襲いかかってきた敵が途切れて、亜夜子が一息吐く。敵の方術士は力量だけ見れば、決して弱くなかったが、七人が同時に襲いかかってきたのではなく、一人が倒されたら一人が現れるという具合に、全く連携が取れていなかったので、亜夜子は無傷で済んだのだった。

 それに各方術士の攻撃パターンも単調だった。古式魔法は相手の五感を騙し、肉体の攻撃ではあり得ない奇襲で意表を突き、敵を精神的に崩してから決定打を叩き込む戦い方を得意にしている。正面からぶつかり合えば、スピードに勝る現代魔法には敵わない。それは敵の方術士にも分かっていたはずだが、襲いかかってきた方術士たちは、視覚化した火の玉などをぶつけてくるだけだった。

 

「乗っ取られていたのかしら?」

 

 

 方術士の戦い方に疑問を覚えながらも、亜夜子は文弥に加勢すべく倉庫へ向かおうとしたが、三歩も進まずに歩みを止めた。倉庫から文弥が飛び出してきたのだ。

 何があったのかと声をかけるより先に、女性型ロボットが文弥を追いかけて倉庫から駆け出してきた。その正体を亜夜子は知っていた。パラサイドール。妖魔を宿し魔法を行使する人型兵器。

 パラサイドールの群れが文弥に襲いかかる。その一部は、亜夜子へと向きを変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文弥が倒すべき相手は、パラサイドールではない。この群れを操っている九島光宣だ。パラサイドールは一々命令を下さなくても自分の判断で戦闘を続行する事が出来るが、現在命令権を持っている光宣を倒せば、研究所の人間が新たな命令を上書きする事が出来る。

 しかし文弥が戦闘を回避しようとしても、パラサイドールがそれを許さなかった。文弥が真上に跳ぶ。空中に逃れて、パラサイドールを振り切るつもりだった。だが二体のパラサイドールが、彼以上のスピードで地上から追いすがってきた。一直線に急迫するその姿は、まるで人型爆弾。魔法の気配でそれに気づいた文弥が、大きく横に跳ぶ。だが妖魔を宿した人型機械は、文弥の動きをトレースして逃さない。

 迫りくるパラサイドールに向けて、文弥が『ダイレクト・ペイン』を放つ。だが、パラサイドールの挙動に変化は生じなかった。

 

「(不発っ!?)」

 

 

 文弥が動揺に見舞われる。その隙に、二体のパラサイドールは文弥に追いつき、片方が左手を振り、手首の内側から細い鋼の糸が伸びる。文弥が反射的に対物シールドを張る。闇に紛れた鋼糸が、シールドの上から文弥に巻き付いた。

 もう一体のパラサイドールは、二叉の短槍を持っていた。真っ直ぐなブレードが細い隙間を開けて並行に向かい合っている形状の穂先だ。二本のブレードの間に、閃光が生じた。放電の火花を散らす短槍をパラサイドールが文弥目掛けて突き出す。

 文弥は鋼糸のパラサイドールへ突っ込み、距離を詰める事で鋼糸を緩ませ、絡んでいた糸を気流を操作して吹き飛ばした。

 背後から迫る短槍を身体を傾けて躱したが、鋼糸を放ったパラサイドールが文弥に抱き着いた。文弥を抱きかかえたまま、パラサイドールが地上に落ちる。文弥は自分にしがみつくパラサイドールへ『ダイレクト・ペイン』を叩き込んだが、やはり効果がない。

 

「(こいつらには効かないのか!?)」

 

 

 文弥は漸くそれを覚った。元々痛覚を持たない人型機械に宿った、元々肉体を持たない精神情報体には、『ダイレクト・ペイン』が再現すべき痛みがない。文弥がしがみついたパラサイドールごと、地面に叩きつけられる。

 

「文弥!?」

 

 

 亜夜子の必死な叫びが、飛びそうになる文弥の意識を繋ぎとめた。亜夜子は三体のパラサイドールに、完全に囲まれていた。

 

「どけぇっ! 邪魔だっ!」

 

 

 文弥の行く手を邪魔しようとするパラサイドールを圧縮空気弾で転倒させ、文弥が思い出したように自己加速魔法を発動する。彼は一瞬で、姉を囲んでいたパラサイドールの背後に出現し、右拳を撃ち込むと同時に、加重系魔法を発動する。

 

「姉さん、いったん離脱だ!」

 

 

 振り向き、障碍物が消えている事に気付いた亜夜子は『疑似瞬間移動』で、その場から離脱した。文弥は移動直前の瞬間、光宣の絶叫を耳にしたような気がしていた。




亜夜子は戦闘向きじゃないですから

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。