劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1611 / 2283
冷静に考えると、この爺さん二十一世紀生まれなんだよな……


烈の死

 パラサイトになって手に入れた治癒能力で麻痺状態から回復した光宣は、倉庫の外に意識を向けた。戦闘は続いている。つまり、パラサイドールは全滅していない。さっきの魔法師、黒羽文弥にパラサイドールの戦闘能力は通用するようだ。

 

「無理に戦闘を続ける必要は、今は無いか……」

 

 

 今パラサイドールに加勢をし、研究員や黒羽文弥を無力化する事はそう難しくはないように光宣には思えていた。だが今日の彼の目的は、戦力となるパラサイドールを持ち去る事。ここでの戦いに勝利する必要は無い。パラサイドールとの戦いに集中している相手の不意を突いて、『鬼門遁甲』で研究所を逃走する。光宣はそう方針を決めた。光宣が倉庫の出入り口に向かう。

 しかし不意に、酩酊感が彼を襲った。先程の『ノックス・アウト』の影響が残っていたのかと光宣は疑ったが、すぐにそうでは無いと覚った。確かにこれは『ノックス・アウト』によって合成された一酸化窒素による症状だが、この魔法は経った今光宣以外の人物によって発動されたものだった。

 極めて小規模な、効果範囲を光宣の頭部周辺だけに限定した『ノックス・アウト』。しかもこの複雑な魔法を、彼に覚らせること無く完成させた。そんな技巧の持ち主を、光宣は一人しか知らない。

 光宣は下降気流を起こして、自分の周囲に生じた窒素酸化物と酸素欠乏状態を吹き消し、倉庫内にいるはずの術者の気配を探る。その人物は、光宣から二メートルも離れていない場所に立っていた。知らぬ間にここまで接近されていた。その事に光宣は、屈辱よりも戦慄を覚えていた。

 

「お祖父様っ!」

 

「今の魔法に気付くとはな……惜しい。本当に、惜しい。私は本当の意味で、お前を評価してやれなかったのだろう」

 

 

 九島烈の態度は、敵を前にしてのものではなかった。残恨。そして深い悲しみ。それは、懺悔のようだった。

 

「お前の真価に気付いてやれなかったのだろう。お前が求めるものを、本当の意味で理解していなかったのだろう。私はお前が可愛かった。私はお前が不憫だった。せめて私が、お前を守ってやらなければと思っていた。だが……」

 

 

 烈が言葉を切って、天を仰ぐように、顔を上に向けた。それは、零れ落ちんとする涙を堪える仕草にも見えた。

 

「私は、間違っていたのだろう」

 

 

 違う、という言葉が、光宣の口から漏れかけた。「お祖父様の所為じゃない」、「お祖父様は、何も悪くなんかない」。しかし結局、光宣はそれを祖父に伝えられなかった。人でなくなった自分に、祖父と語り合う資格はない。不意に、そんな思いが光宣の中に湧きあがり、彼の唇を縫い止めた。

 

「お前はきっと、ベッドの上で生き存えるより、命を代償にして何かを得たいと願う人間だったのだろう。そんなお前にとって、私の愛情は枷でしかなかったに違いない」

 

「………」

 

「だが、光宣。それでも私は、今のお前を認めてやれない」

 

 

 烈の声音が変わる。残恨が諦念に。懺悔が決意に。

 

「人でなくなったお前を、私は認めてやる事が出来ない。人の世に仇為す妖魔の存在を、私は看過できない」

 

「お祖父様、僕はっ!」

 

 

 人間社会に害を為すつもりなど無い。そう言い掛けて、光宣はそれを口にする資格を失っている事に気付いてしまった。

 

「十師族は、お前を殺さずに捕えると決めた。だが囚われの身となれば、お前に待っているのは実験動物の境遇だ。それは、あまりに忍びない」

 

 

 光宣の心は、強い衝撃に見舞われていた。烈が何を言おうとしているのか、光宣には分かってしまった。

 

「せめてもの情けだ。光宣、この祖父の手であの世へ逝け」

 

 

 烈から致死性の魔法が放たれる。光宣の人間の心は、それを受け容れようとした。だが彼のパラサイトとしての精神が、滅びを拒んだ。

 

 

 

 

 光宣は不意に、意識を取り戻した。いや、現実感を取り戻した。まるで、立ったまま夢を見ていたような感覚だ。倉庫の外では、まだ戦闘が続いている。自分を失っていた時間は、それ程長くなかったようだ。

 

「僕は……生きているのか?」

 

 

 烈から致死性の魔法を受けたはずの光宣は、自分が生きている事に首を傾げながらも自分の身体を見回した。服のあちらこちらが裂け、焦げているが、傷は殆ど治っている。今もパラサイトの治癒能力が、彼の身体を復元している。

 彼は目を上げた。視線が前に移動する。暗い倉庫の床に、一つの人影が倒れている。誰だろう? と頭を捻ったのは一瞬の事。次の瞬間、彼はその答えを得ていた。

 

「お祖父様っ!?」

 

 

 光宣が叫び、駆け寄る。うつぶせに倒れている烈の身体に手をかける。しかし、その肩を揺すろうとして、光宣は手を離した。

 彼は理解した。祖父は死んでいる。自分が、殺した。

 

「うわあぁぁぁぁっ!」

 

 

 光宣の口から絶叫が漏れた。光宣の心が軋みを上げる。自分の心にひびが入る音を、光宣の一部が他人事のように認識していた。

 旧第九研を襲った光宣は、パラサイドール十五体と共に研究所を去った。後に残されたのは負傷した研究員と、壊れた一体のパラサイドールと、捕えられた方術士と、九島烈の、遺体だった。




孫にやられた世界最巧……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。