達也は文弥から、烈の死の知らせを電話で知った。
「九島閣下が亡くなったか……」
『はい……。僕が不甲斐ないばかりに……』
「それは違うぞ、文弥」
文弥はきっと、達也に慰めて欲しかったのだろう。達也の言葉は、文弥が望むものだった。もっとも達也の方には、気休めを口にしているつもりは無い。
「お前はよくやった。光宣に加えてパラサイドールの集団まで相手にしたんだ。お前たちの撤退は、やむを得ないものだった」
『……そうでしょうか』
「ああ」
『……ありがとうございます、達也兄さん』
「過去の事もあまり気に病むな。閣下と光宣の事は、本来、九島家内部の問題。旧第九研内部で起こった事に、四葉家が責任を覚える必要は無いんだ」
『はい……』
その後、画面に登場した亜夜子にも慰めの言葉をかけて、達也は電話を切った。電話は達也に宛がわれた部屋で受けたので、深雪は烈が死んだことをまだ知らない。
「今日はもう遅いし、深雪には明日の朝伝えれば良いだろう」
達也が情報共有を先送りにしたのは、手に入れた情報を頭の中で整理したかったからだ。
「(光宣がパラサイドールを十五体強奪した、か……これはかなり厄介な展開だな)」
パラサイドールの戦闘力を、達也はよく知っている。テレパシーに似た能力で一つの意思を共有しているパラサイドールは、集団になればなるほど、手強い存在となる。しかもそれを統率するのが、同じ思念共有能力を持つパラサイト――光宣だ。容易な相手ではない事は、深く考えるまでもなく予想できた。
「(光宣も厄介だが、まずはUSNAから来るパラサイトだ)」
光宣の事も気にしなければいけないが、まずは明晩USNAからやってくるスターズの隊員に憑りついたパラサイトの処理の事に意識を向け、達也は休む事にした。
月曜日の第一高校は、九島烈の死去のニュースで一色に染め上げられている感があった。恐らく、他の魔法科高校も同じようなものだろう。『老師』と敬われた九島烈は、日本魔法界の象徴的存在だったのだ。
昼前に登校した達也が友人たちと共にしたランチのテーブルでも、話題はもっぱら九島烈の事だった。
「ご病気だったなんて、知りませんでした……」
「達也さんはご存じでしたか?」
美月の呟きを受けて、ほのかが達也に話題を振る。
「いや、知らなかった。最近はヴィジホンでしかお目に掛かっていないが、特に体調を崩されているようには見えなかった」
烈の死因は「病死」と発表されている。考えてみれば、それは当然だろう。孫が人外の魔物になって、その孫に殺されたなどと公表できるはずがない。
「そうですか……」
「達也くんと深雪は、ご葬儀に出席するの?」
エリカの質問に、深雪ばかりか達也まで目を見開いた。
「まだそういうお話しはいただいていないけど……何故、私たちが?」
「だって、達也くんと深雪は同じ十師族の一員で直系でしょ? 葬儀に招かれても不思議は無いと思う程」
「ああ、なるほど。達也は面識もあるしな」
エリカの指摘に、レオが納得した表情で頷く。
「招かれれば、出席する。九島閣下には一昨年の九校戦でお世話になった縁もあるからな」
達也は深雪のCADに『電子金蚕』を仕掛けた大会運営委員を締め上げた際に、烈から口添えをしてもらった事がある。彼が言っているのはその事だ。実は次の、つまり去年の九校戦で烈に多大な迷惑を掛けられているのだが、それは言ってはならない事だし、今更言う必要もない事だ。
「あっ、あの件……」
雫は「一昨年の九校戦の件」を、すぐに思い出したようだ。深雪は当然として、ほのかも覚えているはずだが、相槌を打ったのは雫だけだった。九校戦を話題にするのを、避けているのだろう。今年の九校戦は中止になっていて、達也がそれに無関係とは言い切れない。
「今年の九校戦は、どっちにしても中止になっていたかもね。老師の喪に服す意味で」
しかし、そういう気遣いとは無縁の少女もここにはいる。――いや、もしかしたらエリカは、逆方向に気遣いを発揮したのかもしれない。
「それはむしろ、逆だろう。閣下は九校戦がお好きだったからな」
何を考えているのか、当の達也がエリカのセリフにそう返した。
「確かに老師は九校戦を楽しみにしてた感じがするけど、運営本部が開催に踏み切ったかどうか分からないと思うけど?」
「確かにな。まぁ、もし開催されていたとしても、俺は参加してたかどうかわからないが」
「どうして?」
「どっちにしろUSNAからの横槍に対応しなければならなかっただろうから、学校行事に割ける時間は無かったと思うからな」
「そもそも今年の九校戦が中止になった原因は、去年の競技変更に対しての抗議があったからだよね? だから開催されていれば達也さんだって参加しても大丈夫だと思うし、USNAからの横槍も達也さん自身が対応しなきゃいけない事じゃないと思うけど」
「人任せにしておいて、気付いた時には手遅れになっているなんて事は御免だからな。どっちにしろ自分で対応してただろう」
雫の、達也を気遣ったのだかほのかを気遣ったのだか、どちらともとれるセリフに対して、達也は肩を竦めてそう答えたのだった。
高校生にそんな事を思われる無能政府陣……