劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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いかがわしい話、ではない


風紀委員会本部での密談

 昼休みも残り十分となって、達也たち全員が席を立つ。一塊になって食堂を出たところで、エリカが達也と深雪に声をかけた。

 

「深雪、ちょっといい? 達也くんも」

 

「なに?」

 

「ちょっと」

 

 

 深雪の問いに、エリカが口を濁す。皆の前では話にくい用件だという事は、すぐに分かった。

 

「風紀委員会本部を使うと良いよ。今の時間帯は誰もいないはずだ」

 

 

 そこへ横から幹比古が口を挿む。彼にはエリカの用事が何だか分かっている様子だった。

 

「分かった。深雪」

 

「はい、達也様。エリカ、それでいい?」

 

 深雪が達也に頷いて、エリカに尋ねる。当然、エリカに否は無かった。

 

「悪いわね」

 

「本気でそう思ってるなら、もう少し反省してる風を装ったらどうなの?」

 

 

 口では謝罪の言葉を発しているが、エリカの表情は全く悪びれた様子もない。深雪がその事を指摘すると、エリカは小さく舌を出して頭を掻いた。

 

「それじゃ、早く行きましょ。達也くんは兎も角、あたしたちは授業を免除されてるわけじゃないし」

 

「そもそももうちょっと早く切り出してくれれば、急ぐ必要は無かったと思うけど?」

 

「だって、結果的に達也くんを連れ出す事になるわけだし、そうなるとほのかと雫が許してくれなかったかもしれないでしょ? だから、食事の時間がお開きになるのを待ってたのよ」

 

 

 エリカが雫とほのかに視線を向けると、二人は気まずそうに視線を逸らした。恐らくエリカの言う通り、途中で達也を連れ出そうとしていたら何かしらのアクションを起こしてたと思ったのだろう。

 

「それじゃあ、そういう事にしておきましょうか」

 

「というか、本当に時間もないんだし、急いでいきましょ」

 

 

 達也の手を引っ張り廊下を急ぎ足で進むエリカに少し鋭い視線を向けながら、深雪もその後に続く。

 

「エリカちゃん、何の用事なんだろう?」

 

 

 残されたメンバーの中で、唯一エリカの用件が分かっていない美月が、何気なく呟いた疑問に対する答えは、誰の口からも発せられる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古が言った通り、風紀委員会本部は無人だった。深雪が持っている生徒会長のIDカードで鍵を開けて、エリカ、深雪、達也の順に中に入る。扉を閉めてすぐ、深雪が部屋全体を対象に遮音フィールドを張った。

 三人が名がテーブルの前に腰を下ろす。テーブルが綺麗に片づけられているのは、幹比古の性格だろう。達也が委員会に入ったばかりの頃とは、様変わりしていた。

 

「あんまり時間がないから、手短に行くわね」

 

 

 エリカがあまり余裕がない感じで前置きをする。時間もさることながら、彼女は早く真相を知りたいのだろうと達也は感じた。

 

「今夜の事、ミキから聞いたわ。深雪はどうするの?」

 

 

 深雪が振り向いて、隣に座った達也の顔を見た。達也は特に驚いた様子もなく、深雪の顔を見返していた。達也は幹比古に、今夜深雪がどうやって過ごすのかは話していない。だから当然、エリカも知らない。

 

「私は達也様がお戻りになるまで、水波ちゃんに付き添っているつもり」

 

「光宣を警戒して?」

 

「ええ」

 

「あたしも」

 

 

 エリカはそこで、一呼吸置いた。演出ではなく、躊躇いを乗り越える為だ。

 

「行って良いかな?」

 

「水波ちゃんのお見舞いに?」

 

「うん」

 

「今夜?」

 

「そう。レオはミキの側に付けるわ。術を使っている最中は無防備になるから」

 

 

 エリカは深雪に頷いて見せてから、早口で達也に向けてセリフを続けた。達也は幹比古からもレオからも、この話を聞いていなかった。二人はたぶん、放課後に相談するつもりだったのだろう。

 

「何をしに行くのか、理解しているんだな?」

 

「もちろん」

 

「本当に分かっているのであれば、喜んで力を借りよう」

 

 

 エリカがここで話してしまったのは彼女の勇み足とも言えるのだが、達也は当たり前にエリカをレオの代理人として扱い、彼女の言葉に頷いた。彼の反対を予想していたエリカは、意外感を覚えるとともにホッとしていた。

 

「てっきり反対されるかと思った」

 

「エリカがこっちに来ると言っていれば、反対していたかもな」

 

 

 達也の言葉に軽く肩を竦めてから、エリカは視線を深雪へと移した。

 

「それで、どう?」

 

「エリカ。私は達也様のように戦いに慣れていないわ。もしものことがあっても貴女までは守れないけど、それでも良いの?」

 

「守ってもらうつもりは無い。その逆よ」

 

「……達也様、どういたしましょう?」

 

 

 深雪は達也に判断を委ねた。彼女の判断で達也の婚約者の一人であるエリカを危険に曝す可能性を許可するのを躊躇ったのだろう。

 

「エリカなら問題ないだろう。覚悟もあるようだしな」

 

「当然よ」

 

 

 達也がエリカへ挑発的な目を向けると、エリカは不敵な笑みで応えた。もっとも、達也のこれはブラフだ。昨日の今日で光宣が動く事は無いと、達也は考えている。

 

「深雪、エリカの技量はお前も知っている通りだ。存分に甘えさせてもらうと良い」

 

「分かりました。エリカ、よろしくね?」

 

「うっわ、プレッシャー」

 

 

 達也と深雪の悪ノリに、エリカも笑顔で応じた。もちろん光宣が襲ってくる可能性はゼロではないが、リスクがあるとすれば幹比古、そしてレオの方だと達也は考えているのだった。




確かに頼りにはなる

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