放課後になり、エリカは深雪の付き添いという形で水波の病院を訪れた。
「姿は見えないけど、随分と殺気立った連中がいるわね……これじゃあ、光宣も簡単に侵入出来ないんじゃない?」
「そうだと良いのだけど……」
つい先日に襲撃されたばかりなので、さすがに今日襲われるとは深雪も思っていないが、それでも絶対に来ないとは言い切れない。もし言い切れるのであれば、達也がエリカの同行を許可しなかったと深雪は思っている。
今日エリカが自分と共に水波のお見舞いに来たいと言い出したのは、達也がこの後する事を理解した上で、エリカが今出来る事をしようと考えての事だと、深雪も理解している。自分でも足手纏いになる可能性が高い場所に、エリカが付いていきたいというとは思えないからだ。
エリカは表面上は考え無しのように見えなくもないが、その実物凄く思慮深く、自分たちのグループの中でも洞察力が鋭い方だと、深雪はエリカの事をそう評価している。だからあえて達也に同行するのではなく、自分に同行したのだと。
「水波と会うのも久しぶりね」
「なんだかんだで、エリカはあまりお見舞いに来てなかったものね」
「だってさ、達也くんや深雪と一緒なら何度も顔を合わせた事もあるけど、一対一で会った事なんて無いのよね。さすがのあたしだって、気まずさを覚えて何を話して良いかに迷っちゃうだろうし」
「ほのかや雫は、私がいない時にもお見舞いに来てるみたいよ?」
「雫は兎も角、ほのかは生徒会で一緒でしょ? それにあの子は、結構すぐに仲良くなれるタイプの子だし」
「まぁ、ほのかの性格ならね」
他愛ない話をしながら、二人は水波の病室の前に到着する。エリカは辺りの気配を探ったが、それらしい気配は感じ取れなかった。
「さすがに病室周辺にはいないのね」
「水波ちゃんが気にしちゃうからね」
病室こそ厳重に警備するべきなのだろうが、気配に敏い水波が落ち着けないという理由と、使用人とはいえ女子が生活している空間に、殺気立った人間を配備するのは如何なものかと深雪が苦言を呈した結果、病室周辺は監視カメラでカバーする事になったのだった。
「水波ちゃん、入ってもいいかしら?」
『どうぞお入りください』
扉をノックし、中にいる水波に声をかけて、深雪がゆっくりと扉を開く。普段なら自分が声をかけ、達也が扉を開けてくれるのだが、今日の同行者は達也ではなくエリカなので、深雪がそのまま開けたのだ。
「こんにちは、水波ちゃん。具合はどう?」
「お陰様で、だいぶ良くなってきました」
「やっほ。元気そうで安心したわ」
「千葉先輩、ご無沙汰しております。このような姿で申し訳ありません」
「気にしないで。達也くんや深雪から、ある程度の事情は聞いてるから。それで、水波はどうしたいの?」
「どう、とは?」
何の脈略もなく質問され、水波は本気で首を傾げた。それは隣にいる深雪も同じのようで、彼女はエリカの顔を覗き込んでその真意を探ろうとしていた。
「さすがに言葉を省き過ぎたわね。水波は光宣の気持ちをどう思ってるのかって事よ。人であることを捨ててまでアンタの事を助けたいと思ったのは光宣の勝手だけど、その気持ちを知ってしまった以上、アンタには何かしら答えなければならなくなってしまったわけだし、達也くんからも水波の答えを尊重するって言われてるんじゃないの?」
「……確かに達也さまからは、私の気持ちを尊重すると仰っていただきました。そして私は、その場で達也さまのお側にお仕えさせていただきたいと答えました」
「あっそ……それじゃあ、光宣が攻めてきても容赦なく叩き潰せるわ」
「エリカ? 光宣くんの処遇は十師族で決めるから、叩き潰されると困るのだけど? 精々動けなくなる程度にしておいてくれない?」
真剣な雰囲気から一転、何時ものおちゃらけた雰囲気に変わったのを感じ取り、深雪が冗談を放つと、エリカも肩を竦めて見せた。
「深雪の方が物騒な事を言ってると思うけどな。まぁ、水波が光宣の事を何とも思って無いって分かっただけでも、今日来た意味があったってものね」
「だから最初から言ってたでしょ? 水波ちゃんは光宣くんじゃなくて達也様のお側にいたいって言ってるって」
「でもそれは、光宣の気持ちを知る前の話だったでしょ? だから水波が光宣の気持ちを知った後で揺らいだかどうか聞きたかったのよ。深雪を介してじゃなく、ちゃんと顔を合わせてね」
「確かに光宣様のお気持ちはありがたいと思うものがありましたが、私は人であることを捨ててまで『魔法』というものに固執するつもりはありません。深雪様をお守り出来なくなるというのは残念ですが、魔法が使えなくなっても達也さまや深雪様のお世話は続けさせていただけるとの事ですし、簡単な魔法は使う事が出来るとの事でしたので、光宣様が悲観的になられ過ぎただけだと思っています」
「詳しい事は聞いてないんだけど、水波は魔法師のままでいられるのよね?」
「達也さま次第、といった感じでしょうか。達也さまが何処まで封印を再現出来るかによるそうですし」
「まぁ、達也くんなら問題なく出来そうだけどね」
何の根拠も無いが、達也なら大丈夫だろうと、エリカはそう判断し、深雪も水波もその判断に異を唱える事はしなかった。
達也に対する信頼度は半端ないですから