珍しく訓練が休みになったので、達也と響子は無頭竜殲滅の際に約束した食事に出かけることにした。達也は一日使って響子の相手をすると申し出たのだが、響子の方が遠慮したのだった。だが風間の命令(?)で一日一緒に行動する事になった。
「少佐は何であんな事を?」
「分からないわ。でも達也君と一緒に居られるのは嬉しいわね」
「少尉は元々断ってたじゃないですか」
「あれは深雪さんを気遣っての事よ。達也君だって一日確保するの、簡単じゃないんでしょ?」
「それは、まぁ……」
実際この一日を空けるのに、達也は二日間深雪の為に時間を作らなければいけなくなったのだ。もちろん達也はそれを苦痛だとは思わないのだが……
「では、何処に行きましょうか?」
「そうですね……少尉の服でも見に行きますか?」
「いいの?」
「お礼ですので」
元々は食事を一緒にという事だったのだが、達也としては普段から響子には世話になっているのでこれくらいは当然だと思っている。
「それじゃあお言葉に甘えて。……それから、今日は『少尉』は禁止ね」
「分かりましたよ、響子さん」
「よろしい」
本当なら『藤林さん』と呼ぼうとしたのだが、響子の目と雰囲気がそれを許さないと訴えていたので、達也は『響子さん』と呼んだのだ。
響子としては呼び捨てにしてもらいたかったのだが、これ以上求めると全て却下される可能性を考えてそれで納得したのだ。
「でも、十歳以上違う達也君に払ってもらうのは……」
「響子さんは俺の別名、知ってますよね?」
「どれ?」
達也の別名は、何個もある。達也が言っているのは『シルバー』の事だと分かっていても、響子はそれをすぐに認めようとはしなかった。
「隊に関係無いものです」
「分かってる」
「でしょうね……」
達也の収入は、響子が独立魔装大隊で稼いでいるのより遥かに高い。その事を知っている響子は、遠慮なく達也に奢って貰う事にしたのだった。
「それじゃあ達也君に選んでもらおっかな」
「良いですけど、どれを着るくらいかは響子さんが選んで下さい」
「それくらいはしょうがないわね。達也君に女性物の服を選ばせるのはさすがにマズイものね」
私服の達也が、実は高校生だなんて見抜ける眼力の持ち主はこの店の店員はおろか、客にもいないのだが、一応響子はその事を気にしたのだった。
「では選んでる間、俺は向こうに行ってますね」
「分かったわ。試着始めたら呼ぶわね」
達也は軽く頷いてから、店の中にあるベンチに腰を下ろした。これが深雪相手だったら、店員がモデルに使おうとか考えるのだろうと達也は考えていた。
だが響子も、化粧ッ気が無い分素の色気がある女性だ。だからでは無いが、達也が腰を下ろした瞬間に店員が達也の前に立った。
「……何か?」
さすがに声を掛けるのが憚られたのだろう。達也から店員に声を掛ける事で、相手の硬直を解く事に成功した。
「あの、お連れ様がお買いになった……」
「まだ買うとは決めてませんが」
「も、もちろんです! お買いになられたらでよろしいので、その服を着てもらう事は出来ませんか?」
「……宣伝ですか。写真とかは無しですよね?」
「も、もちろんですとも! そしてその分お値段は勉強させてもらいますので」
「そうですね……響子さんが気に入ればそうさせてもらいます」
この女性店員は、果して達也を幾つだと思ったのだろう。態度から考えるに、少なくとも高校生とは思って無さそうだった。
達也と店員の話し合い(?)が終わったのと同時に、別の店員が達也を呼びに来た。響子が試着を始めたのだ。
「如何……かな?」
「そうですね……響子さんならもう少し可愛らしい服でも似合うと思いますよ」
「そう?」
響子が試着したのは、大人の女性が着そうな大人しめの服。確かに響子に似合っているのだが、達也的には響子はもう少し派手目な服でも着こなせると思っているのだ。
「それじゃあこれは?」
「今度はちょっと奇抜すぎですね。響子さんも分かっててやってますよね?」
「えへ?」
明らかに響子のイメージに合ってない服を着て見せた響子に、達也は多少呆れ気味の視線を向けた。その視線から逃げるように、響子は試着室の扉を閉めた。
「彼女さん、かなりお茶目な方なんですね」
「普段ストレス溜め込んでますから、発散してるのかと。あと彼女ではありません」
店員のからかいの言葉にも、達也は丁寧に対応する。そしてその達也の答えは店員を驚かすには十分だった。
「彼女さんでは無いんですか? 姉弟には見えませんけど」
「同僚です。一応は」
詳しく説明する訳にもいかないので、達也はテキトーにお茶を濁した。
「これなら如何、達也君?」
「そうですね……響子さんならもう少し明るめの色の方が似合いますよ」
「やっぱり地味?」
「服が響子さんに追いついてませんよ、それでは」
達也の指摘に、響子だけでは無く周りの店員と客も顔を赤らめる。一切の誤魔化しの無い指摘に、響子のみではなく他の女性も恥ずかしくなったのだ。
「失礼ですが、お客様はお幾つなのでしょうか?」
「自分は十六ですが?」
「「「ええぇ!?」」」
「達也君、どうかしたの?」
「いえ、歳を聞かれたので答えただけですが」
「あぁ~、達也君の年齢を聞いて驚いたのね」
「そんなに老けて見えます?」
「落ち着いてるのよ、達也君は」
響子の慰めも、笑いながらだったために達也には効果無かった。
「その服、似合ってますよ」
「そう? 実は最初からこれが本命だったんだ」
「やっぱ響子さんは黄色系統が似合いますね」
「好きな色だしね。達也君も見慣れてるからそう思うんじゃない?」
「それだけでは無いと思いますけどね」
「それじゃあ、これを買ってもらえるのかしら?」
「構いませんよ。それでは、これをください。それと響子さんが元々着ていた服は配送お願いします」
「は、はい! 畏まりました」
達也の年齢を聞いた店員が、一瞬の間を空けてから対応する。響子が選んだ服は、達也の年齢を考えるとおいそれとプレゼント出来る値段ではない。だが達也は一切の躊躇も無く会計を済まそうとしたのだ。その態度に店員や周りの客は驚きながらも羨ましそうな視線を響子に向ける。
恋人では無いと達也が発言してる為に、何人かは狙うような視線を達也に向けていたのだが、達也はそれを気にしないし、響子はあえて優越感に浸るような雰囲気を醸し出していた。
「それでは響子さん、次の場所に行きましょうか?」
「そうね。達也君、ありがとうね」
会計を済ませ、達也と響子は店から出て行く。二人が完全に出て行くまで、他の客は動く事が出来なかったのだった。
原作では深雪相手のデートですが、此処では相手は響子です。