剣術部の部長・副部長に挨拶を済ませてから、達也はエリカとレオに一年生の実力者に心当たりは無いか尋ねる。二人は達也からそんな事を聞かれるとは思っていなかったのか、互いに顔を見合わせてから、それぞれ心当たりが無いか考え込む。
「そもそもあたしたちは一年生の成績なんて知らないんだけど」
「そういうのは生徒会役員の達也の方が詳しいんじゃないか?」
「成績上位者は選出するが、成績に反映されない実力者がいないかどうか探してるだけだ。いないならそのまま成績順に選出するつもりだ」
「つまり、達也くんやミキみたいなのがいるんじゃないかって思ってるわけ?」
一年の時の九校戦、達也はエンジニアとして参加していたが、選手としては参加していなかったし、幹比古は応援メンバーとして、エリカが無理矢理連れて行ったのだ。不慮の事故――と表向きはされている――が無ければ、達也も幹比古も選手として参加する事は無かったのだ。
「まぁ、あれは殆ど達也のお陰で勝った感じだけどな」
「アンタも達也くんのお陰で、一時とはいえ輝けたもんね」
「最後の三高メンバーを倒したのは俺だぞ」
「一番最初に一条君に吹き飛ばされたのもアンタでしょ」
言い争いを始めそうになった二人を視線で大人しくさせ、達也は床に倒れている侍朗に視線を向けた。今日もエリカに稽古をつけてもらったのだろうが、ここまで疲れ果てるようなメニューを組まれているのかと、首を傾げた。
実は侍朗に課せられたメニューは、そこまで厳しくないのだが、エリカとの剣術の稽古でいい様に小突き回され倒れているのだ。
「侍朗はどうだ? エリカが鍛えてるし、モノリス・コード向きの能力だと俺は思うが」
「まぁ、確かに隠密とかそういったのには向いてるけど、軽く小突いただけで息が上がるんだし、無理じゃない? そもそも侍朗が選出されたら、一科の連中が黙ってないと思うけど」
「達也はそういうやつを探してるんだろ? だったら侍朗がピッタリだと俺は思うんだが」
「達也くんはどう思う? 侍朗が活躍できると思う?」
レオとエリカの会話を聞く前から、達也は侍朗の事はメンバーとして考えていた。だが本人のやる気があるかどうかも確認しなければならないし、他に実力者がいるなら、わざわざ二科生から選出する必要もないと考えていたので、幹比古や五十嵐の前では言わなかったのだ。
「入学式の頃と比べれば、気力も充実しているようだが……エリカ、今日はどのくらい稽古をしてたんだ?」
「今日? 放課後になってすぐからだったし、まだ二時間ちょっとってところじゃない?」
「オメェの相手を二時間以上させられてたら、侍朗がグロッキーになってても仕方ねぇな」
「何よ? あんたなら問題なく出来るでしょ?」
「そりゃ基礎体力が違うからな。侍朗も低くはねぇが、一応達人の域に達してるお前とサシで稽古してるんだ。さすがに疲れるだろ」
「そんなもん?」
「多分な」
レオのセリフを受け、エリカが達也に尋ねると、達也もはっきりとした答えは返さなかった。達也も八雲とサシで稽古をすれば疲れる事もあるが、体術のみだけならここまでなるとは思っていなかったので、レオのセリフに共感は出来なかった。だが普通の――達也たちから見れば、侍朗の体力は平均になってしまう――人間がエリカと対峙すれば、こうなっても仕方ないのではないかと思うところもあったので、曖昧な答えを返したのだ。
「まぁ、他に目ぼしい一年なんて知らないし、もし選ぶなら侍朗を推薦しておくわ。こいつと同じ意見だっていうのは納得出来ないけど」
「何だと! そもそも俺の方が先に侍朗を推薦したんだから、オメェが真似たんだろうが!」
「何が悲しくてアンタの真似なんてしなきゃいけないのよ。そもそも侍朗はあたしが鍛えてるんだし、アンタが推薦しなくてもあたしがしたわよ!」
「……さて、この二人はこう言ってるが、矢車はどうしたい」
エリカとレオの言い争いを止めるつもりは無く、達也は先程から二人の会話に聞き耳を立てていた侍朗に声をかける。まさか達也に気付かれているとは思っていなかったのか、侍朗は声をかけられて大袈裟に反応を見せた。
「あんた、達也くんに気付かれずに聞き耳を立てられてると思って訳? 残念だけど、あたしだって気付いてたわよ?」
「俺もだ」
「アンタは怪しいもんだけどね」
「あんだと!」
再び言い争いを開始した二人を横目に、侍朗は倒れていた身体を起こし、達也の前に移動した。入学式の前に達也相手に完敗した記憶がよみがえり顔を顰めたが、今の自分の力では達也に勝てないという事は理解しているので、無闇に仕掛ける事はしなかった。
「……俺は二科生です。九校戦のような華々しい舞台は似合わないでしょう」
「俺も二科生の時にエンジニアとして選出され、何の因果かモノリス・コードに参加した。二科生だからという事は言い訳にならない」
「……少し考えさせてください」
「あぁ」
詩奈と同じ答えを返され、達也は似ている二人だと思ったのか、彼にしては珍しく柔らかい声音で答えた。それが珍しく感じたのか、エリカとレオは言い争いを止め達也を眺めたのだった。
気付かれるに決まってるだろう……