劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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侍朗の気持ち

 それぞれ別の場所で達也に問われた詩奈と侍朗は、個型電車の中で互いの顔を見て物思いにふけっていた。詩奈は侍朗を推薦したら、自分の――恋人の欲目だと思われるのではないかという事を。侍朗は、詩奈に止められるのではないかという事を。

 

「侍朗君、さっきから私の事をじっと見てるけど、何かあるの?」

 

「べ、別に何でもない。詩奈の方こそ、さっきから俺の事を見てるが、何かあるんじゃないか?」

 

「な、何にもないよ」

 

 

 もしこの場に第三者がいれば、何かしらのツッコミが発生しただろうやり取りだが、幸いなことにこの場には詩奈と侍朗の二人しかいない。

 

「……さっきね、司波先輩から相談されたんだ」

 

「司波先輩? 会長の方じゃなくてか?」

 

「うん。一年生の中で、成績に反映されない『優等生』はいないだろうかって」

 

「何だその『成績に反映されない優等生』って? 学校や軍の評価方法は理に適っているはずだろ?」

 

「私も良く分からなくて、司波先輩がいなくなってから光井先輩に尋ねたんだけど、魔法を切り取って評価するんじゃなくて、実際に魔法を使った戦闘を想定した場合の評価なんだって」

 

「……分かったような分からないような」

 

 

 侍朗としては、学校や軍の評価が一般的だという考えは否定しようがないと思っていたので、達也が言う『学校の成績では評価されない』という意味がイマイチ理解出来なかった。もしそんな評価があるのなら、自分でも評価されるのではないかという淡い期待を懐きそうになり、慌てて頭を振った。

 

「実は俺も、司波先輩から話を持ち掛けられた」

 

「侍朗君も?」

 

「あぁ。といっても、千葉先輩や西城先輩の意見を聞いた後についで、って感じだったが」

 

「どんなお話し?」

 

「……モノリス・コードのメンバーとして九校戦に参加しないかって」

 

「それじゃあ、侍朗君も一緒に出られるの?」

 

「いや、返事はまだしてない」

 

「そう、なんだ……」

 

 

 詩奈としては、自分は選手として参加するよりも裏方の方が向いていると思っているのだが、彼女の成績から考えれば、どうしても選手としての参加を求められてしまう。それは仕方がない事だと詩奈も分かってはいるのだが、本音を言わせてもらえば参加したくないのだ。

 だがそこに侍朗が選手として参加するとなれば、若干ではあるが話は変わってくる。護衛という名目で常に側にいてくれる侍朗が、九校戦期間内も自分の側にいてくれるのだ。それならば頑張れるかもしれないという考えが、詩奈の中に芽生えてもおかしくは無いだろう。

 

「侍朗君はどうしたいの?」

 

「どうって……俺は二科生だ。俺が九校戦に参加出来るわけないだろ?」

 

「そんな事ないと思うけど? 司波先輩は二科生だった一年生の時に、エンジニアとしてメンバーに選ばれて、いろいろあってモノリス・コードにも参加して、一高の新人戦優勝と、本戦優勝に尽力したらしいし」

 

「あの人はいろいろと『普通』じゃないだろ?」

 

「じゃあ侍朗君と立場があんまり変わらない西城先輩は? あの人も司波先輩の推薦で、モノリス・コードに参加して、ちゃんと結果を残してるんだよ?」

 

「まぁ、それは知ってるが……」

 

 

 去年、一昨年の九校戦は、いろいろな意味で注目されており、侍朗も当然テレビ中継ではあるが観戦している。その記憶の中に、達也とレオ、そして幹比古が活躍した一昨年の新人生モノリス・コードはしっかりと残っている。

 

「二科生って事を言い訳にして断る事は出来ないと思うよ? 司波先輩は二科生だった時に一条さんと真っ向から戦ったし、吉田委員長も元二科生だし。それに今の生徒会メンバーは、一科生や二科生という事で評価を変えるような人たちじゃないし」

 

「それは…分かってるつもりだが……」

 

 

 侍朗は、自分に魔法の才能がない事を恨んでいる節がある。もし才能があれば、正式な護衛として詩奈の側にいる事が出来た。だが二科生としてしか合格できなかった自分は、詩奈の護衛として認められる事は無く、自称しているだけに過ぎないという事は、侍朗自身が一番理解しているのだ。

 だがもし九校戦に参加して、少しでも活躍すれば、矢車の家の中での評価も、三矢家からの評価も変わるかもしれない。そうなれば、正式に詩奈の護衛として活動できるかもしれない。そんな葛藤が芽生え始め、侍朗はもう一度頭を振って、その思考を頭の中から追いやろうとした。

 

「詩奈は、どう思ってるんだ?」

 

「私?」

 

「ああ」

 

 

 侍朗は、誰に何と言われても参加するつもりは無いが、もし詩奈が少しでも参加した方が良いと想ってくれているのなら、考えない事は無いつもりだった。

 

「私個人としては、侍朗君を司波先輩に推薦したいって思ってたから、千葉先輩や西城先輩が侍朗君を推薦したのなら、私もその考えを支持したい。モノリス・コードだけなら、侍朗君の技術は大いに役に立つと思うし」

 

「そうか……」

 

「私には一科生全員の考えなんて分からないけど、少なくとも生徒会メンバーや風紀委員長、部活連の会頭は侍朗君の事を評価してくれると思うよ」

 

「……もう少し考えてみる」

 

「うん、そうした方が良いよ、絶対!」

 

 

 主として、恋人としての評価が多分に含まれているかもしれないが、詩奈は侍朗がモノリス・コードで活躍出来るという、一種の確信めいた思いがあった。だが侍朗がモノリス・コードに参加するなどありえないと諦めていたところに達也から相談されたのだ。彼女はこのチャンスを絶対に逃すまいと、侍朗に参加を決意させるよう行動しようと心に決めたのだった。


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