劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1647 / 2283
勝ちたいと思うのは当然


対戦前の気持ち

 一昨年の新人戦と全く同じ展開に、栞は少し興奮していた。以前は達也が用意した妙策にやられ、それを引きずって三位決定戦でも負けてしまった。だが今年は達也の作戦に驚かされることも無い。手の内が分かっていれば、幾らでも心の準備をする事が出来るのだ。

 だが実際問題として、雫が使うアクティブ・エアー・マインを攻略する糸口は見つかっていない。エリアに入ったと同時にクレーを粉砕する魔法を、どうやって止めれば良いのか。また、粉砕するに当たって発生する衝撃波で、自分のクレーが予想外の動きをする事に対する対策も、全くと言って良い程出来ていないのだ。

 そもそも今回の九校戦が開催されるかどうかも微妙だったのに加えて、国際問題になりかけた魔法を使ってくるなど、誰一人として考えていなかったのだ。

 

「(まぁ、想定していたとしても、あのレベルの魔法を再現できるだけの人間がいなかったわけだけど)」

 

 

 雫の魔法力に対抗するだけなら、三高の中にも候補はいただろうが、達也と同等の技術でアクティブ・エアー・マインを再現できる人間は、何処を探しても見つからないだろうと栞は思っている。真紅郎が達也に対してライバル心を燃やしているが、彼の技術力ではアクティブ・エアー・マインを使用可能には出来るだろうが、雫が見せたような威力を発揮出来るかどうかは怪しい。

 

「(去年達也さんが見せた、吉祥寺の得意魔法を改良した魔法……あれすら吉祥寺は再現出来ていないというのに)」

 

 

 去年のロアー・アンド・ガンナーでエイミィが使った魔法は、真紅郎が得意とするインビジブル・ブリットを改良した『散弾型インビジブル・ブリット』と命名されている。それを再現しようと躍起になっているようだが、今のところ真紅郎がそれを再現できたという報告は聞いていない。

 

「(そこだけを見ても、技術者としての腕は達也さんの方が上。さらに達也さんは見ただけで選手の体調などを把握して、それに合った最終調整をしてくるという噂もある……連戦で体力を消耗しているからと言って、北山雫がミスする確率は限りなくゼロという事でしょうね……)」

 

 

 一昨年負けた経験があるが故に、今回の試合では絶対に負けたくないという気持ちが強くなってしまう。それに加えて同じ婚約者として、達也に担当してもらえないという嫉妬が含まれている為、栞は何時も以上に燃えていた。

 

「栞さん、そろそろ時間です。冷静さを取り戻してください」

 

「……私は何時だって冷静。香蓮の気のせいじゃないの?」

 

 

 自分を担当してくれたエンジニアとは別で控室にいた香蓮に指摘され、栞は自分が冷静さを失っていた事に気付いたが、それを素直に認める事はしない。あくまでも自分は冷静だったと言い張り、気持ちを落ち着かせているのだ。

 

「準決勝の相手はあの北山雫さんです。一昨年の経験から分かるように、彼女はかなりの実力者です」

 

「そうね」

 

「それに加え彼女の担当エンジニアは達也様です。一昨年使用したような離れ業は無いでしょうが、あの魔法は一昨年以上の威力を発揮していますので、苦戦は免れないと思います」

 

「嘘でも私が有利だなんて言ったら、この場で攻撃していたわ」

 

 

 あえて素直に自分たちが不利だと告げてきた香蓮に、栞は冗談めかした答えを返した。拳銃型のCADを使っている為、銃口を香蓮に向けるというお茶目を見せながら。

 

「だいぶ余裕が戻ってきたようですね」

 

「私は初めから余裕を持ち合わせていたわ。まぁ、相手があの北山雫で、その担当エンジニアが達也さんだという事で、何時も以上に気負っていた事は認めるけど」

 

「そうですか」

 

 

 素直じゃない、と香蓮は思ったがそれを口にする事はしなかった。恐らく栞自身も分かっている事だろうし、それを口にすればまた意固地になって冷静さを欠いてしまう恐れがあると考えたからで、香蓮の心遣いは栞にも伝わっているようだった。

 

「それじゃあ、そろそろ行ってくるわね」

 

「私は応援しか出来ませんが、栞なら善戦できると信じています」

 

「ここは嘘でも『勝てる』っていう場面じゃないの?」

 

「私はまだ撃たれたくありませんから」

 

 

 香蓮の冗談に、栞は笑みを浮かべて控室を出て行く。栞が出て行ったのとすれ違いで、愛梨が控室に入ってきたので、香蓮は首を傾げながら愛梨に尋ねる。

 

「何か問題でもあったのですか? 私はこれから観客席にいるであろう貴女の側に行くつもりだったのですが」

 

「栞が気負ってるんじゃないかって思って様子を見に来たんだけど、貴女が旨く緊張を解したようね、香蓮」

 

「これでも付き合いは長いですから、栞がどんな性格かは把握してるつもりでしたからね。下手に刺激するよりも事実を伝えリラックスさせる方が、栞が持っている実力を発揮出来るはずですから」

 

「そうね。変に気負ってまた昔の記憶を呼び覚ませるよりも、前を向かせた方が彼女にとっては絶対に良いはずですものね。それじゃあ、観客席に戻りましょうか。一応後輩に席を確保してもらってるけど、何時までもそんな事させちゃ可哀想だもの」

 

 

 愛梨の言葉に頷き、香蓮は足早に愛梨の後ろに付き、客席までの道のりを無言で歩んだのだった。




冗談で少しは気が紛れたでしょう

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。