劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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経験の差でもありますが


分析力の差

 雫対栞の試合を、達也は真剣な眼差しで見つめている。一昨年の事を思い出しているわけでもなく、ただたんに今の試合を真剣に見ているのだ。

 

「司波先輩は、どちらが勝つと思いますか?」

 

 

 達也の補佐として――新人戦の作戦参謀として勉強中の詩奈が達也にそう尋ねると、達也は視線を試合に固定したまま答えた。

 

「あの二人に決定的な実力差は無い。そうなると使っている魔法やCADの差で勝負が決まる可能性が高い。向こうのエンジニアも相当なチューンアップをしているが、あの程度では雫は倒せないだろう」

 

「司波先輩の技術力が高いから、ですか?」

 

「いや、俺が担当しなくても、この試合は雫が勝っただろう」

 

「どういう事ですか?」

 

 

 詩奈はてっきり、達也が自分の技術力を過信してそう言っているのだと思っていたのだが、達也からは過信や慢心は一切感じられない。それどころか、相手のCADを見て頻りに頷いたりしている。

 

「確かに栞が使っているCADに格納されている起動式は相当なものだ。だが大会規定内のハードではその効果を十分に発揮できていない。栞の魔法力で補っているようだが、あのCADでは栞本来の実力は発揮出来ない。こちらは雫に合わせて調整した魔法式を使っているので、雫は自分の持っている力を全て魔法発動に使えている。実力差は無いがその全てを使えている雫の方が有利なのは当然だろう」

 

「でもそれって、司波先輩が調整したCADがあっての事、ですよね?」

 

「最終調整をしたのは俺だが、あの起動式は十三束や千秋、ケントでも再現可能だ。だから誰が担当しても変わらなかったというのはそういう事だ」

 

「なるほど……」

 

 

 起動式を改良したのは達也なのだから、達也がいなければ苦戦したのは間違いないのだが、詩奈はそこまで考えが及ばなかった。それだけハイレベルな闘いが繰り広げられているというのもあるのだが、この一瞬でそこまで分析していた達也に圧倒されてそこまで考えられなかったという面が強い。

 

「栞の方も雫相手に随分と意気込んでいるようだから、身体に余計な力が入っているようだ。緊張すれば人間は本来の実力を発揮する事が難しくなってしまう。雫にはリラックスするようにテントで言い聞かせたし、意外と肝が据わっているから元々緊張してなかったからな。そこでも差がついているのかもしれないな」

 

「司波先輩って、どうしてそんなにも冷静に観察が出来るんですか? 場数の違いってだけじゃないと思うんですけど……」

 

 

 詩奈も冷静に二人を観察していたつもりだったが、達也のように二人の違いに気付けなかった。それどころか、栞の方が有利なのではないかとすら感じていたのだ。現状での点数は栞の方がリードしているので仕方がないかもしれないが、それは雫の魔法よりも栞の魔法の方が早くクレーを破壊しているだけに過ぎないのだが。

 

「俺は作戦参謀だけでなくエンジニアとして参加しているから、選手の事をよく『視る』のも仕事の内だ。詩奈も冷静になれば分かるんじゃないか?」

 

 

 達也が使ったニュアンスの違いが分からなかった詩奈ではあったが、彼女は冷静に二人の事を見た。確かによく見れば、栞が雫の事を意識している事は伝わってくる。その所為で競技に集中しきれていないようにも見えてきたので、詩奈は達也が指摘した事を誤認して自分の中に刻み込んだ。

 

「冷静になって見れば、意外と分かるんですね」

 

「少しの差が命取りになる戦いなら尚更な。新人戦はここまでハイレベルにはならないだろうが、常に冷静さを心掛けていれば、一人でも問題なく出来るだろう」

 

「そうでしょうか……司波先輩のように不動の思いで物事に立ち向かえる人など、そんなに多くないと思うんですが……もし私が司波先輩の立場だったらと思うと、不安で押し潰されそうですし……」

 

 

 詩奈が言っているのは、九校戦だけに限った事ではない。入学してから今日まで、達也の周りで起こった事件の殆どを間近で見てきたからこそ、もし自分がその立場だったら状況はかなり悪くなっていただろうと感じているのだと、達也も正確に詩奈の意思を読み取っていた。

 もちろん、詩奈が自分の立ち位置だったのなら、このような事にはなっていなかっただろうし、彼女が知らない問題に関しては教える義理は無い。そもそもUSNAから危険視されている原因は、達也の持つ戦略級魔法『マテリアル・バースト』だ。彼女にそれが使えるはずもないのだから、彼女が達也の立場になって考える必要など全く持ってないのである。

 

「栞が焦り始めたようだな。細かいミスが目立つようになってきた」

 

「えっ? 十七夜さんは依然としてパーフェクトペースですが」

 

「さっきから連鎖が上手く出来ていない。気づかれないようにフォローしているようだが、そろそろそれも限界だろう」

 

 

 達也の言葉が引き金になったかは分からないが、栞の連鎖がそこで止まった。一方の雫は冷静にクレーを破壊し続けて、ついには栞の連鎖を完全に妨害するまでになっていた。

 

「これで雫の決勝進出が決まったな」

 

「(この人の目には、いったい何が見えているのだろう……)」

 

 

 自分とは違う目を持っているのではないかと考えた詩奈だったが、彼女が真の意味で達也の『眼』の事を知る術はなかった。




いろいろと違うものが見えています

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