漸く解放された達也は、外に出てすぐに響子に謝罪を入れた。別に達也が悪い訳では無いのだが、長時間放置したのは紛れも無い事実なのだから。
「相変わらず達也君はモテモテね。まさか警察署で告白されるなんて思って無かったわよ」
「そういわれましても……」
「まぁ達也君のおかげで、事情聴取はすぐに終わったから良かったけどね」
響子が言ったように、事情聴取は早々に済んだのだが、その後の達也に群がってきた女性警官の相手でかなりの時間を食っているのだ。
「もうあまり時間が無いわね」
「そうですね。もう行きますか?」
「そうね。ブラブラしてると時間過ぎちゃうしね」
達也は今日行く店をちゃんと予約している。その辺りは抜かりの無い達也だが、さっきのように巻き込まれると対処出来なくて困る時があるのだ。
「ねぇ達也君、学校でもあんなにモテてるの?」
「さぁ? 俺はそういった事に疎いですからね」
「でも、深雪さんが気にしてるとかで分かるでしょ? あれだけ達也君がモテてたら深雪さんの機嫌が悪くなるだろうし」
「深雪は深雪でモテてますからね。俺の事なんて気にする余裕なんてないくらいに」
「深雪さんが達也君を二の次にするとは思えないのだけど?」
響子は深雪が達也に向けている感情をはっきりと理解している。深雪自身それが何なのかを理解しようとしてないのにだ。
「三年前の事は少佐から聞いてるけど、それにしても深雪さんは達也君に依存し過ぎなようにも感じられるんだけどね」
「母親が死んですぐ父親が再婚しましたからね。甘える相手が俺しか居なかったのも原因の一つなんでしょう」
「そっか……『家の事情』じゃ仕方ないものね」
響子が強めのアクセントを置いた事に、達也も気付いた。つまりは父親では無く実家の事情だと言いたいのだと、達也はしっかりと理解していた。
「叔母上も気にしてましたが、とりあえずは普通に成長してくれてますので」
「普通かしら? お兄ちゃん大好きっ子は世間から見たら普通じゃないわよ?」
「……それを除けば普通に育ってくれましたから」
達也も気にしている事なので、響子の指摘を受けて表現を変えた。確かにブラコン具合は普通とは言えないほどだし、世間的にブラコンというのは若干引かれる事があるのだ。
「可愛い妹さんだもんね。達也君も悪い虫がつかないか心配なんじゃないの?」
「深雪が選んだ相手なら気にしませんが、親父みたいなヤツだったら……」
「そこで区切らないで、怖いから……」
達也が意味深に区切った言葉に、響子は割かし本気で恐怖していた。達也本来の魔法を知っている響子からしたら、ホントに消される可能性があると思っても仕方なかったのだ。
そうこうしてる間に、達也が予約しておいたレストランへと到着する。ドレスコードは特に無いのでそのままの格好で店へ入っていった。
「予約した司波です」
「お待ちしてました。どうぞご案内いたします」
昼に入ったパスタハウスとは違い、ここの店のウエイトレスは達也を見ても固まりはしなかった。だが若干顔が赤いのは気のせいではなさそうだと、達也と響子は顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。
「結構高そうなお店ね。今更だけどホントによかったの?」
「ホントに今更ですね……響子さんは気にしないで大丈夫ですよ」
「でも……」
いくら達也が『シルバー』として巨額の利益を得ているとはいっても、高校生である達也に奢ってもらうのは常識的にどうなのかと響子は思っていた。
「これはこの間のお礼ですから。ですので響子さんが気にする事は何もありません」
「……分かったわ。それじゃあ遠慮なく」
ここで悩んだところで、既に店まで来てしまっているのだ。響子は自分の考えがホントに今更だったと思い、達也に軽く頭を下げた。
「それじゃあ何を食べようかしら……」
「お酒もあるみたいですけど、飲みます?」
「それじゃ、少しだけ」
達也はウエイターを呼び、コース料理と響子の分のお酒を注文した。達也は未成年なので当然ノンアルコール飲料を注文した。
「達也君ならお酒頼んでも大丈夫なんじゃない?」
「響子さん、俺は未成年です」
「でもさ、アルコールを分解する事くらい出来るでしょ?」
「それは人間なら当然なのでは?」
響子が言った『分解』を、魔法だと捉える事は無かった。さすがにそんな事に魔法を使う必要性は無いし、分解するのならそもそも頼まなければ良いだけの話だからだ。
「何時か達也君と二人でお酒を飲んでみたいわね」
「少なくとも後四年は無理ですよ」
達也の誕生日は四月、だが未成年である内は飲酒は勧められないと響子も分かっている。だから最短でも後三年半は達也と一緒に酒を飲むことは不可能なのだ。
「うん、美味しい」
「気にいってもらえて何よりです」
コース料理を楽しみながら、響子は急ピッチで酒を飲んでいく。車移動ではないし、最悪コミューターに押し込んで家に帰せば問題は無いだろうと達也も思っていたのだ。
「ねへ、たちゅやきゅん……」
「呂律が回ってませんよ……」
さすがに飲みすぎたのか、メインの料理を食べ終えた時には響子の呂律は回ってなかった。それでも姿勢を崩す事無いのは幼少期からの指導の賜物なのだろう。
「なんてたちゅやきゅんは彼女をつきゅらないの……」
呂律は回ってないのに、はっきりとその部分だけは聞き取れた。達也は呆れながらも真剣な表情で答えた。
「事情は知ってるはずですよね。いい加減な気持ちで付き合うなんて事は俺には出来ません。相手に失礼ですし、何より自分が許せないでしょうしね」
「しょう……やっぱり真面目だね、達也君は」
「演技はやめたんですか?」
「バレてるの気付いてたしね」
達也の本心を聞きだす為に、響子は酔っ払った演技をしていたのだ。あれくらいのアルコールで響子が本気で酔うとは達也も思って無かった。
「さて、それじゃあデザートを食べて帰りましょうか。すみません、もう一杯」
「飲みすぎですよ……」
「大丈夫よ。これくらいで酔っ払うほど、私はお酒に弱くないから」
「……まぁ響子さんがそれで良いなら俺はもう何も言いませんけど」
相手の情報体を読み取る事が出来る達也は、響子がそろそろ限界に近いのも気付いている。だが響子が気にしてないのだから達也がそれを指摘するのも如何なのだと思い放っておいたのだ。
だが結果としてそれが後々面倒に繋がるのだが、達也は響子が楽しそうに酒を飲んでるのを見ながらデザートを楽しむのだった。
「すみません、コミューターを一台呼んでもらえますか?」
「畏まりました」
会計を済ませた達也は、響子を乗せるコミューターを呼んでもらい、自分は徒歩で帰ろうと思っていたのだが、操作パネルすら動かせないほどベロベロになっている響子を一人にするのは危険だと判断して達也もそのコミューターに乗り込んだのだった。
響子を部屋まで送り届け、乗ってきたコミューターで自分の家まで帰る達也だった……
これで響子とのデートも終わりです。