劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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こういう事は早いうちに


烈との面会

 深雪たちが祝勝会をしている頃、達也はホテルの一室を訪れていた。学生が使用するような部屋ではなく、明らかにビップ用のフロアだが、達也は物怖じすることなく指定された部屋の前に立ち、四回扉を叩いた。

 

「いらっしゃい、達也くん」

 

「閣下は中に?」

 

 

 達也を出迎えたのは響子だが、達也が用があるのはその祖父、九島烈だ。彼は今回の九校戦で、何故かモノリス・コードに参加しなければならなくなった経緯を烈から聞くために、深雪たちの誘いを断って烈の部屋を訪れたのだ。

 時間的には深雪たちに誘われる前に烈にアポを取ったので、雫たちには後日何かお祝いをするつもりだったのだが、断った時に少し残念そうな表情をしていたのが気にはなっていたが、烈も暇ではないので時間が取れた時に聞いておかないと次は何時になるか分からないのだから仕方ない、と心の中で言い訳をしていた。

 

「祖父はもうじき戻ってくるから、少し待っていて欲しいって」

 

「何処かに出かけられているのですか?」

 

「大会委員長との会食と、今日の感想でも言い合ってるんじゃないかしら」

 

 

 響子に椅子を勧められ達也はそこに腰を下ろし、部屋の主が不在であることに少なからず嫌悪感を懐いた。人を呼び出しておいてその時間にいないとは、自分の事を軽んじているのではないか――普通の人間ならそんな事を考えたかもしれないが、達也は単純に時間指定しておいて守れないのならもう少し後でもよかったのではないかと思っただけだ。

 

「もしかして、深雪さんたちから誘われてた?」

 

「えぇ。雫のスピード・シューティング優勝の祝勝会を開くと言っていました」

 

「それは悪い事をしちゃったかもね。まぁ、本当にもうじき帰ってくるでしょうから」

 

 

 達也の前にコーヒーを置き、響子も達也の斜め前に腰を下ろした。正面には烈が座る、という意味なのだろうと、達也はそんな詮無い事を考え、コーヒーを一口啜ったタイミングで廊下に気配を感じた。

 

「どうやらお戻りのようですね」

 

「えっ?」

 

 

 達也が廊下に視線を向けながら呟くと、響子は気付いていなかったように驚いてみせた。仮にも軍人なので、彼女も気配には十分敏い方だし、身内の気配なら尚更察知出来て当然だ。このような響子のお茶目に、達也は肩を竦めてまともに取り合わなかった。

 

「待たせてしまったね」

 

「いえ、お忙しい中時間を作っていただき、ありがとうございます」

 

 

 烈が部屋に入ってくるなり達也に謝罪すると、達也は心のこもっていない返事をして一礼する。二人のやり取りを見ていた響子が苦笑したが、烈も達也も気づかないふりをして視線を合わせた。

 

「それで、君が聞きたい事と言うのは、いったいどのような事かな?」

 

「自分が響子さんから初め聞かされたのは『モノリス・コードの決勝が一高VS三高だった場合、自分が参加する』という内容でした。ですが世間に発表されたのは『自分がモノリス・コードに参加する』という内容でした。響子さんに確認しましたが、彼女も貴方から先に述べたように聞かされていたとお答えいただきました。ではいったい何時から話がすり替わったのでしょうか? それとも貴方は、初めから自分をモノリス・コードに参加させるつもりだったのでしょうか?」

 

 

 達也の、自分を全く尊敬していない眼差しに、烈は少なからず動揺していたが、それを覚らせることはしない。幾ら衰えてきているとはいえかつて『世界最巧』と謳われただけあり、魔法無しでもその技巧は評価に値するものだった――相手が達也でなければ。

 達也はもちろん烈が動揺している事も、それを隠そうとしている事にも気付いているが、今はそんな事を気にしている場合でも、それを指摘して優越感に浸るつもりもなかった。

 

「私たちは少しでも九校戦が盛り上がればと考えていて、一昨年の君と一条将輝君の戦いを思いだし、それが再現されれば注目されると考えた。だがどうせなら君に最初から参加してもらった方が、いい意味でも悪い意味でも九校戦は注目される。だがそのように説明しても、君は納得してくれなかっただろうから、孫には多少の嘘を含んだ説明をし、君を説得してもらった」

 

「つまり、初めから俺に参加させるつもりだったと」

 

 

 烈の説明を聞き、達也は最低限保っていた礼節を捨てた。一人称を『自分』から『俺』にし、目上の人を相手にするような言葉遣いから普段遣いに変えた。もちろん、最低限の敬語は使っているので、馴れ馴れしいとは感じさせないが、達也が纏っている空気は敵を相手にしている時に似ているものがあった。

 

「騙した事は謝ろう。だが君の活躍を見たいと君の婚約者たちも願っていたのではないか?」

 

「俺は目立つことが嫌いです。結果的に目立ってしまっている事は否めませんが、自分の意思でそんな事をしているわけではありません。ですから今回の九校戦も、裏方に徹するつもりだったのを、貴方が邪魔をした。それだけは理解していただきたい」

 

 

 烈が自分で述べたように、今回の九校戦はいい意味でも悪い意味でも注目されている。そこに渦中の達也が参加するとなれば、心無い報道をする人間が出てきて、結果的に深雪を刺激する事になる。達也が気にしているのはその点ただ一つであった。そんな達也の心を知ってか知らずか、烈は心のこもっていない謝罪をするだけで、今回の面会は終了したのだった。




どっちも心がこもってないな……

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