劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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泉美のこれは最早病気……


双子の温度差

 部屋で休んでいた泉美の許に深雪から連絡が入ったのは、今から少し前。その電話を受けるまで体力の限界が訪れたのではないかと聞きたくなるくらいぐったりしていた泉美は、同じく体力の限界が訪れている香澄を引っ張り起こして部屋を出たのだ。

 

「何でボクまで行かなきゃいけないのさ……泉美だけ行けばいいだろ」

 

「深雪先輩が『香澄ちゃんも是非』と仰っておられたのですから、香澄ちゃんも連れて行った方が良いに決まってるじゃないですか」

 

「確かに気持ちはありがたいけど、ボクは今、何かを食べたい気分じゃないんだよ」

 

 

 気力、体力共に全力を振り絞って愛梨と戦ったばかりと言ってもいいタイミングでの呼び出し、香澄にとってはかなり迷惑なものだった。もしその場に達也がいるのなら態度も違ったかもしれないが、今回は女子だけだと聞かされているので、あまり乗り気にはなれないのだろう。

 

「香澄ちゃん、疲れている時には甘いものを摂取した方が良いんですよ?」

 

「別に寝れば回復するんだし、無理してまで食べたくないよ……」

 

 

 香澄には泉美の手を振り解くだけの気力も残っていないので、行きたくないと言っているがそのまま引きずられている。もしこの光景を見た人は、どう思うか気にしていないようで、泉美も香澄も普通に話していた。

 

「香澄さんに泉美さん? 何をなさっているのですか?」

 

「あっ、水波さん。そちらは点数の集計ですか?」

 

「えぇ。詩奈さんと先ほどクラウド・ボールの結果を纏めていたのです。これから達也さまにお届けしようとしていたのですが、お二人は?」

 

「深雪先輩に誘っていただいて、これからクラウド・ボールのお祝いをなさってくれるそうです」

 

「ボクはあんまり行きたくないんだけどね」

 

 

 泉美と香澄のセリフを聞いて漸く、水波は何故香澄が泉美に引きずられているのかを理解した。そして同時に香澄に同情した。

 

「お疲れでしょうが、こうなった泉美さんは止められませんから」

 

「ボクも分かってる……たとえ体力が残ってても振り払えるかどうか微妙だしね」

 

「お二人で何を話しているのです?」

 

「何でもありません。それでは、私はこれで」

 

「お疲れ様」

 

 

 水波を見送って、香澄は泉美の手を振り解けないか試してみたが、やはりそれは叶わず、再び泉美に引きずられながらカフェテリアへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双子が到着した時、深雪たちは少し驚いた表情を浮かべたが、誰もその事にツッコミを入れる事はせずに二人を出迎えた。

 

「二人とも、お疲れ様」

 

「見てたけど、かなりの死闘だったわね」

 

「優勝候補筆頭の一色さんに勝つなんて凄いですね」

 

「二人の実力なら可能だよ」

 

 

 四人の先輩にそれぞれ声をかけられ、二人は恐縮した表情を浮かべる。水波ありきなら上級生たちとお茶会をしたことはあるが、その水波は先程達也の許へ行ってしまった。つまり今日は間に入ってくれる人はいないのである。

 

「ボクは負けましたけど、そのお陰で泉美が勝てたなら意味のある負けだったと思えます」

 

「私一人では勝てなかったでしょうから、私の勝利は香澄ちゃんの勝利でもあるんですよ? 何でそんなに不貞腐れてるんですか」

 

「別に不貞腐れてないよ。ただ、お姉ちゃんみたいにスマートな勝利ってのに憧れたりしてたから、随分と泥臭い試合だったなって……」

 

「相手が二十八家の一つ、一色家のお嬢様だったんだから仕方ないんじゃないの? まぁ、二人とも七草のお嬢様だって事を考えると、あたしみたいに簡単に割り切れないのかもしれないけどさ」

 

「エリカだって百家の一つでしょ?」

 

「あたしは家柄なんて気にしてなかったからね~。そもそも、一員だって認められたのが高校に入る前からだし、行き遅れクソババアなんて、未だにあたしの事を認めてないらしいし」

 

 

 既に家を出ているので直接顔を合わせる事は無いが、長兄や次兄から入ってくる情報では、姉はだいぶ自分に嫉妬しているらしいと、エリカはあっけらかんと言い放った。

 

「エリカちゃんのお家の事情は何となく聞いてるけど、そんな言い方は――」

 

「別に良いじゃないの。あたしが生物学上あの男の娘であることは変えられないけど、あたしがそれを受け容れるかどうかはあたしの問題。美月が気にする事じゃないわよ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「そんな辛気臭い顔しないの。今は泉美と香澄の結果を祝う事だけ考えなさい。じゃないと、揉むわよ?」

 

「エリカ、美月が怯えてるからそれくらいにしたら?」

 

 

 漸くエリカにストップをかけた深雪だったが、彼女も家の事情については思うところがある。元々自分が後継者筆頭だった所為で、未だに達也の事を認めない従者が少数ながら残っている。

 

「それじゃあもう一度、泉美ちゃん。優勝おめでとう。香澄ちゃん、三位お疲れ様」

 

「「ありがとうございます」」

 

 

 深雪の言葉に、泉美は感激した状態で、香澄は最低限の礼儀でそう応えた。泉美は深雪に祝われて疲れが吹っ飛んでいったようだが、香澄は疲れ切ったままなので、その後も香澄は最低限しか口を開くことはせず、ただただ泉美の付き添いとして振る舞ったのだった。




香澄は少し居心地悪いだろうな……

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