七草の双子が上級生から労われている頃、三高の首脳部は頭を抱えていた。原因は優勝確実と思われた愛梨が負けた事だ。
「完全に計算外だ……まさか一色が負けるとは」
「ジョージ、今は終わってしまった事より先の事を考えた方が良いだろう。まだ総合優勝が難しくなったわけではないんだから。それに、新人戦はウチが有利なんだろ？」
「まぁ、一高は本戦に力を入れているようだし、新人戦優勝は三高で間違いないとは思うけど……それでも総合優勝が遠のいたのは確かなんだ」
作戦参謀として、今回の指揮を執っている真紅郎は、三高に宛がわれた会議室で頭を抱えている。その隣では将輝が真紅郎を励ましているのだが、あまり効果は見られない。
「あの競技は司波達也が担当していなかったし、実力から見ても一色の優勝は揺るがないと思ってたのに……それに十七夜も昨日、スピード・シューティングで負けたし……」
「あれはジョージが担当してなかった競技だろう？ 確かに十七夜の実力から考えれば、三位以上は確実だと思っていたが」
「またしても僕たちの邪魔をするのか、司波達也」
過去二年、真紅郎は達也に悉く計算を狂わされている。一昨年の新人戦も三高有利と言われていたのだが、達也が担当した選手が悉く勝利し、最終的には達也本人が参加して真紅郎たちの前に立ちはだかったのだ。
「今年こそはと思っていたんだけど……やっぱりトーラス・シルバーの片割れという事実はそれだけ選手に与える影響が大きいのか」
「兎に角、ウチが優勝するためにはジョージの頭脳が必要なんだ。ここから巻き返す為にも、明日のアイス・ピラーズ・ブレイクは絶対に優勝してみせる」
「将輝なら問題なく勝てると思うけど、一高の選手の一人は吉田幹比古。一昨年の新人戦モノリス・コード優勝メンバーにして、去年の本戦モノリス・コードの優勝メンバーの一人。実力は確かだし、同時照準の精度もかなりのものだった」
「だがアイス・ピラーズ・ブレイクは殺傷ランクの適応外。俺の爆裂なら何ヵ所同時照準されようが関係ない。一撃で全ての氷柱を破壊してみせる」
「レギュレーションの所為で、将輝が実力を十二分に発揮出来ないのが残念だけど、司波達也の不敗神話は明日終わりを迎えるだろうね」
自分たちの勝利は揺るがないと確信している二人だったが、その過信が一昨年の新人戦モノリス・コードの結果に繋がっていたという事を完全に失念している様子だった。相手はあの達也なのだから、何か隠し玉があるのではないかという考えは、二人の中には存在しなかった。
将輝と真紅郎が会議室で話し合っている頃、クラウド・ボール準優勝の愛梨と、アイス・ピラーズ・ブレイク予選突破の栞、昨日バトル・ボードの予選突破を決めた沓子を労うため、香蓮は部屋に三人を招待しささやかなお茶会を開いていた。
「まずは愛梨、クラウド・ボール準優勝お疲れさまでした」
「優勝出来なかったのは悔しいですが、全力を賭しての準優勝ですから、悔いはありませんわ」
「あの七草の双子を相手にしたんじゃ。上々の結果じゃと言えるじゃろう」
「恐らくですが、達也様は愛梨相手に二人一殺の考えで挑ませたのではないでしょうか」
「つまり、どちらかが勝てればそれでいいって事？」
「えぇ。愛梨の実力を考えれば、苦戦を強いられる可能性があるとすれば七草の双子だけです。もし連戦でなければ愛梨の優勝は揺るがなかったでしょうね」
今回はくじ運に泣かされたと、香蓮は本気でそう思っている。それだけ愛梨の実力が抜きんでていたと思っていたのもあるが、準決勝の香澄との試合は、それだけ死力を振り絞らなければいけなかったものだと、実際に戦ったわけではない香蓮もそう思わされた試合だったのだ。
「同じ家で生活する七草香澄さんに負けたくないという気持ちが強すぎたのか、あの試合では些か気力を使い過ぎましたからね」
「愛梨でもそんな事考えるんじゃのう。ワシは光井ほのか嬢にリベンジ出来れば良いとは思っておるが、絶対に勝ちたいと、そこまで強い想いは無いんじゃが」
「私は今年も北山雫に負けたし、達也さんの作戦に負けたから、もう開き直ってるけど、愛梨はまだ司波深雪との戦いが残ってるんだから、燃え尽きてるわけじゃないんでしょ？」
「もちろんですわ。同じ婚約者と言えども、司波深雪は倒さなければならない相手。今日の結果は既に私の中では整理出来てる事ですし、本戦後半に向けて、今から気力を蓄えなくては」
「気合いを入れるのは良いが、司波深雪嬢だけでなく光井ほのか嬢もおるからの。しかも二人とも担当するのは達也殿じゃと発表されておるし、これは愛梨でも苦戦を免れないのではないか？」
「確かに達也様が担当されるというだけで苦戦はするでしょうが、気持ちで負けていては勝てるものも勝てなくなってしまいますわ。達也様の不敗神話を止める結果になるかもしれませんが、私は簡単に負けて差し上げるつもりはありませんもの」
ミラージ・バットは新人戦を挟んで後半に行われるのに、今から気合十分では息切れを起こすのではないかと、香蓮はその事が気に掛かったが、今はそれを言う時ではないと考え大人しく愛梨の言葉を受け止めたのだった。
素直に負けを認める愛梨たちと、達也に負けたことを認めたくない将輝たち……