CADの調整が終わり、どれくらいスムーズに魔法を発動出来るかをテストする為、達也と幹比古はホテルの裏の演習林にやってきていた。ここならば他校の目を気にする必要もなければ、誰かに見られてるという不安も懐くことはないからである。
「そういえば達也、今日は何時も以上にキーボードを多く叩いてたような気がしたけど、本当に調整だけだったのかい?」
幹比古は魔法式の改良などは出来ないが、達也の作業をしっかりと観察し、いつもと違うという事は感じ取っていた。達也も幹比古ならそれくらい気づくだろうと思っていたので、彼の指摘に対して必要以上に驚くことはしなかった。
「少し魔法式を改良した。この魔法ならよりスムーズに同時照準を行う事が出来るだろう」
「本当かい? それならいいんだけど」
達也の腕を疑うわけではないが、たかが一時間で魔法式を改良出来るなんて幹比古には信じられなかった、一昨年見せられた改良は、あくまでも吉田家が長年使っていた魔法式から無駄を削ぎ落し、同じ効果を得られるようにしたもので、そこから進化させたわけではない。
だが今回の改良は、同じ魔法でありながらその効果は元の倍以上だと言われても、すぐに受け入れられるものではない。実際に使ってみて、それでどう感じるかが重要だ。
「一度使ってみれば分かるだろう」
達也の方も、無条件で信じられるとは思っていないようで、幹比古の反応を当然のもととして受け止めている。幹比古は達也から受け取ったCADに想子を流し込み、一瞬のうちに魔法を発動させる。
「これは!」
幹比古が発動させた魔法は一発。だが落ちてきた雷は六発。その全てが雷童子と同じ威力、同じ発動速度で地面に落ちた。
幹比古は今自分の目の前で起きた現象が事実なのかどうか疑ったが、地面には雷が落ちて焼け焦げた跡がはっきりと残っている。
「達也、これって……」
「雷童子を改良して創った魔法『雷獅子』だ。使用する魔法力は雷童子より少し高めだが、効果はそれよりも大きい物となっている。これなら二ヵ所同時照準で相手の氷柱を全て攻撃する事が出来る。後は、幹比古が何処まで威力を上げられるかだ」
「確かに一発撃つだけで六ケ所に攻撃出来るから、照準さえ狂わなければ二発で全ての氷柱に攻撃する事が出来るし、十二発同時発動より必要とされる魔法力は少なくて済むから、その差分を威力に当てられる……これなら本当に勝てる気がしてきたよ」
「実際に氷柱を使っての練習が出来れば一番なんだが、この時間では練習用のプールは空いていないだろうから、ここに氷柱があると仮定して同時照準の練習をしてくれ」
「でも、あの威力の魔法を何発も地面に放てば、いずれ地面に穴が空いてしまうんじゃないかな? 既に芝が焦げて――あれ?」
幹比古は自分の目を疑った。先ほどまで地面は確かに焦げていたのだが、今は何事も無かったかのように元の緑が映えている。
「達也、ひょっとして……」
「余計な心配はしなくて良い。この程度なら気にするほどでもないからな」
「……さすが達也だ。それも計算しての演習林だったのかい?」
「さてな。そんな事より、時間は有限だ。無駄話をしてる暇があるなら練習してた方が有意義だと思わないか?」
達也の言葉に、幹比古は力強く頷き、新魔法『雷獅子』を繰り返し発動させる。
「(イメージしろ……氷柱の間隔とその中心に確実に雷を落とす為には、今日予選で見た氷柱を僕が頭の中で正確に再現する必要がある……達也がここまでしてくれているんだから、絶対に一条選手を倒さなければ)」
頭の中でアイス・ピラーズ・ブレイクのステージを再現し、相手陣地の氷柱目掛けて雷獅子を発動する。同時照準はスムーズに出来たが、幹比古の表情に明るさはない。
「ダメだ……今のじゃ中心から逸れているし、この威力では破壊したとは言えない……」
「最初から上手くいくわけじゃないんだ。少しずつ修正していけばいい」
「そうだね……」
もう一度イメージを固め直し、幹比古は記憶の中の氷柱に何度も雷獅子を喰らわせる。
「(同時照準の不安はこの魔法で払拭されたんだ。後は何処まで僕が仕上げられるかに掛かっているんだ)」
一昨年の新人戦モノリス・コードでも考えていた事ではあるが、勝利の全てを達也の御蔭だと言い切るのは、幹比古のプライドが許さない。せめて努力の結果将輝に勝ったと言えるだけの自信を持ちたいと、彼は真剣に練習を積み重ねる。
「……今のはどうだった?」
「良い感じではあったな。後は今のを連続で成功させ、それに合わせて威力を少しずつ上げていけば、開始直後に相手の氷柱を全て破壊できるだろう」
「そっか。達也から見ても、今のは良い感じだったんだね」
自分自身の中では確かに手ごたえは感じたが、自分の評価よりも達也の評価の方が信用出来ると理解しているので、幹比古は達也の評価に対して素直に喜んだ。
「今度は相手の陣地に一条がいると仮定して練習してみれば良い。プレッシャーを再現出来ないなら、俺がかけてやっても構わないが」
「……そこまで安定して発動出来てないから、もう少しやってから頼むよ」
プレッシャーまで再現出来るとは思っていなかったが、確かにそれを加味しての練習を重ねた方が実になると理解しているので、幹比古はもう少ししたらという条件付きで達也に頼んだのだった。
達也からのプレッシャーは辛い……