劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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使えるものは何でも使う


最後の仕上げ

 辺りが暗くなるまで新魔法の練習を積み重ねた幹比古は、体力の限界を迎えた。だが気力は満ちており、ヘロヘロという程ではなく、しっかりと自分の足でホテルまでの道のりを進んでいた。

 

「達也のお陰で自信がついたよ。後は結果を残すだけだね」

 

「今日の試合を見て、今の幹比古ならこれくらい出来ると思って創っただけだ。幹比古が日々成長してるからこそ、この魔法を使おうと考えたんだ」

 

「練習期間中の僕じゃ使えないって思ってたんだろ? だからあくまでも同時照準だけを提案した」

 

「使えないとは思わなかったが、初めから雷獅子を使っていたらここまで努力しようとは思わなかっただろ?」

 

 

 威力の高い魔法は確かに有効手ではあるが、達也はあくまでも地力をつけてから使わせた方が幹比古のためになると考えていた。だから初めは雷童子で戦う事を提案したのだ。だが今日の予選を見る限り、幹比古は達也が期待していた以上の地力をつけている。これなら雷獅子を使わせても問題は無いと判断しての改良だったのだ。

 

「まぁ、細かい想子のコントロールとかは大事だし、雷獅子より雷童子の方がその練習にはむいていたから、達也が考えていた通りに事が進んでるって事なんだろうね」

 

「別にあのままでも勝てただろうが、幹比古はプレッシャーで自分の力を十全に発揮出来ない可能性があったからな。だからまず地力と自信を付けさせ、そこに経験と期待を乗せただけだ」

 

「まぁ、僕の結果次第では達也の不敗神話がストップしちゃうかもだったから、余計にプレッシャーを感じていたのは否定しないよ。だけど達也はそんな事気にしてないんだろ?」

 

「あぁ」

 

 

 周りが騒いでいるだけで、達也はあくまでも「選手個人が頑張った結果」としか捉えていない。だからたとえ不敗神話がストップしたとしても、達也は何も思う事は無いのだ。

 

「だから僕も開き直って戦う事が出来る。それに僕が一条選手に勝てれば、三高の総合優勝への道のりを更に厳しくすることが出来るんだからね」

 

「気合いを入れるのは良いが、気負い過ぎるなよ? それに今日はしっかりと休んで、体力の回復に努めろ。寝られないようなら、サウンド・スリーパーを使ってでも寝るように」

 

「分かってるよ。そこまで興奮してるつもりは無いけど、寝られないようならそうする」

 

 

 明日の試合がそれ程重要であるという事は、幹比古も理解している。そして彼は、自分の体調を過信するような性格ではないので、達也が言わなくてもそうしただろう。

 

「あっ、やっと見つけた」

 

「エリカ」

 

「達也を探してたのかい?」

 

 

 ホテルに入ると同時にこちらに駆け寄ってきたエリカに、幹比古は達也を探していたんだろうと考えたが、どうやら違ったようだ。

 

「ミキを探してたのよ。美月が言いたい事があるとかなんとか」

 

「エリカちゃん!」

 

 

 二人のやり取りを見て、達也はまたエリカが必要以上に煽ったのだろうと瞬時に理解し、エリカの襟首を掴みこの場から移動する事にした。

 

「ちょっと達也くんっ!? あたしは猫じゃないんだけど?」

 

「今の幹比古を必要以上に煽るのは止めろ。明日の試合の事で頭がいっぱいなんだから」

 

「確かに気力は満ちてるようだけど、本当に勝てるの? そりゃミキの実力はあたしも知ってるし、達也くんが調整したCADを使うんだから勝率は高くなってるでしょうけども、相手はあの一条将輝なんだよ? 十師族の跡取りと真正面から戦って勝てる高校生がそうそういるとは思えないけど」

 

「その為に練習を重ねていたんだ。後は美月が良い感じで幹比古のやる気を高めてくれるだろう。本当は試合前に声をかけさせようと思っていたのだが、今でも悪くはないな。余計な気負いはあれで削がれるだろう」

 

「相変わらず人が悪いわね、達也くんって」

 

「エリカのように人を煽って楽しんでるのよりマシだと思うが?」

 

 

 エリカが初々しい二人の空気を茶化して楽しもうとしていた事を見抜いていた達也は、エリカに非難めいた視線を向ける。その視線を受けてエリカは視線を明後日の方へ向けて、吹けない口笛を吹いて誤魔化した。

 

「ところで、そろそろ下ろしてよ。さすがにここから二人のところに戻って茶化したりしないから」

 

「そうだな」

 

 

 エリカの襟首から手を離し、エリカは漸く自由になった自分自身を満足そうに見て頷き、視線を達也の背後の自動販売機へと向けた。

 

「達也くん、何か買って?」

 

「自分で買えば良いだろ?」

 

「大人しくしてる代わりに、達也くんに甘えたいのよ」

 

「大人しくしてるのが普通だとは思わないのか?」

 

 

 言葉だけならエリカを非難しているようにも聞こえるが、達也の表情は明るい。エリカに視線で「何が良い」か尋ね、達也はエリカと自分の分の飲み物を購入した。

 

「さすが達也くんよね。これがレオやミキだったら、奢るなんてしないでしょうし」

 

「これでエリカが大人しくなるのなら、安い物だろ?」

 

「何か馬鹿にされてる気がする」

 

「気のせいだ。さて、幹比古の方はもう大丈夫そうだな」

 

「あたしは良く見えないけど、達也くんが言うならミキも大丈夫なんだろうね」

 

 

 さすがにこの距離ではエリカも幹比古の気力や精神状態を正確に把握出来ないが、達也がそういうなら問題無いんだろうと素直に受け入れた。そうして達也に奢ってもらった飲み物を飲み終え、エリカは大人しく部屋に戻っていったのだった。




幹比古も単純だな……

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