劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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注目されるだけの実力はありますから


幹比古VS将輝

 男子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグは、前評判通り将輝が危なげなく、幹比古も確実に勝利を重ね、いよいよ決勝戦となった。なお、もう一人の決勝進出者は、二人を相手に勝てないという事で棄権して三位が決定している。

 

「まさか本当に僕が決勝に進めるとは思って無かったよ」

 

「そんな弱気で良く勝ち抜けたな」

 

「達也が調整してくれたCADの御蔭かな。まだあの秘策は使ってないけど、雷童子でも六ケ所同時は問題なく使えるようになったし」

 

「昨日の練習の副産物だな」

 

 

 雷童子に比べて雷獅子に使う魔法力は高いが、そのお陰で魔法力をコントロールする事になれたのか、幹比古は決勝リーグでも雷童子のみで勝ち抜いている。だが決勝の相手である将輝相手に、今まで通りの戦術で勝てるとは思っていない。幹比古は雷獅子がインストールされているCADを取り出し、天幕の外を見据える。

 

「いよいよこれを使う時が来た」

 

「幹比古なら問題なく扱えるだろうし、気持ちの上でも負けてないと見える。後は油断しなければいい勝負になるだろう」

 

「達也がそう言ってくれると、本当にそうなる気がしてきたよ」

 

「そういえば達也、女子の方は見に行かなくて良いのかい?」

 

 

 女子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝の顔ぶれは、深雪、雫、栞という、達也の婚約者三名が別のプールで同じ時間に開始となる。参加メンバーを見れば、達也はこちら側ではなく向こうの試合を見に行くのではないかと思っていたので、幹比古はそんな事を尋ねたのだ。

 

「向こうは泉美と水波に任せてある。試合は見れれば問題ないだろう。まぁ、深雪たちには文句を言われるかもしれないがな」

 

 

 達也にしては珍しく、本気で困ったような表情を見せたので、幹比古は先ほどまで感じていた緊張を忘れ、本気で笑った。

 

「達也のお陰で気持ちが楽になったよ」

 

「そんな意図は無かったんだが、幹比古の役に立ったのなら幸いだ」

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

 

「結果を楽しみにしている」

 

 

 自分が一番心配されていたんだろうと、女子の会場に向かう達也を見送りながら、幹比古はそんな事を思った。彼が三人同時に担当する事は過去にもあったが、男女別で担当したのは今回が初めてかもしれない。だから試合前はこちらで、本番は向こうという形を取ったのだ。

 

「(達也に期待されているんだし、昨日あれだけ練習したんだから大丈夫。僕は一条選手にも負けない)」

 

 

 再度自分の心に言い聞かせて、幹比古は会場に上がっていく。女子の方はファッションショーになりつつある登場だが、男子の方はそこまで盛り上がりは見せないのが普通だ。だが今回の相手は『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ一条将輝。観客からの黄色い声援が飛び交うのは仕方がないだろう。

 

「(相変わらず凄い人気だな……これが一条の御曹司という事なのか?)」

 

 

 将輝に向けられる歓声に呑まれそうになりかけた幹比古の耳に、二人の少女の声が届いた。

 

『吉田君、頑張ってください!』

 

『ミキ、負けたら承知しないわよ!』

 

 

 こんな大歓声の中でも、その二人の声だけは幹比古にもはっきりと聞きとる事が出来た。一人は、付き合いだしてもうすぐ四ヶ月になる少女で、もう一人は腐れ縁の仲。

 

「(ありがとう、柴田さん。そしてエリカ、僕の名前は幹比古だ)」

 

 

 心の中で美月に対するお礼と、エリカに対するツッコミを入れ、幹比古は正面の将輝を見据える。将輝の方も集中しているようで、真っ直ぐに幹比古を見据えている――否、幹比古の向こうに誰かを見ているようにも思える。

 

「(僕の向こうに達也を見ているのかもしれないけど、君の相手は達也じゃなくて僕だ。否が応でも僕の事を意識させてやる)」

 

 

 試合が終わった頃には、自分の事を無視できない相手だと思わせることは出来るだろうが、今の段階ではそれは難しいという事を理解しているので、幹比古は今は仕方がないけどと心の中で呟く。

 

「(恐らく彼の後ろにいる吉祥寺真紅郎も、僕の事なんて見ていないんだろうけどな)」

 

 

 去年、一昨年と参加しているが、個人で自慢出来るような成績は収めていないので、将輝と真紅郎が幹比古の事を軽視していても仕方がないと、幹比古自身も思っている。だが幹比古としては、一対一で真紅郎を倒した実績があるので、真紅郎に無視されるのは気分が良いものではなかった。

 

「(達也、今は君の力を借りるよ。だけど、いずれは君の力が無くても二人に勝てるだけの力を身に付けてみせる)」

 

 

 会場が静まり返り、シグナルが点滅し始める。将輝も幹比古も互いに集中力を高め、赤から青に変わるのを静かに待った。そして開始のシグナルが青に変わった瞬間、互いの陣地の氷柱が砕け散った。

 

『な、なにが起こったんだ?』

 

『一条選手の方は「爆裂」を使ったんだろうけども、吉田選手の方はいったい!?』

 

『ど、どっちが勝ったんだ?』

 

 

 モニターにも勝者の名前は表示されていない。肉眼では同時に全ての氷柱が砕けたように見えたので、客席でもどちらが勝ったのかと周囲に聞いている人が多く見て取れる。漸くモニターに表示されたのは、ビデオ判定中の文字だった。




一瞬とはいえ、見ごたえあっただろうな……

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