劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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戦ってる二人のセリフはありませんが


バトル・ボード決勝

 深雪と雫が熱戦を繰り広げている頃、女子バトル・ボード決勝を見に来ていた詩奈は、泉美からの連絡で男子の試合が終わった事を知った。

 

「やっぱり吉田先輩が勝ったんだ」

 

 

 詩奈の中でも幹比古と将輝を比べれば将輝の方が上だという考えだったので、幹比古が勝つには達也の調整したCADと戦術が必須だと思っていた。だがそれは昨日の予選を見るまでの考えで、昨日の幹比古の戦い方を見て、もしかしたらという思いが彼女の中に芽生えていた。

 

「一条さんは確かに実力者だけども、実力者が故の慢心が見て取れるって司波先輩も仰ってたし、司波先輩を過剰に意識するが故に、吉田先輩の実力を正確に測れないのではないかとも仰っていた……」

 

 

 詩奈は達也のその言葉に首を傾げたくなったのを思い出した。そもそも相手の実力を正確に測るなんて芸当、少なくとも詩奈には出来ないし、恐らくは侍朗にも無理だろう。エリカのような達人レベルの武芸者なら、相手の実力を正確に把握する事は出来るかもしれないが、九校戦に参加している殆どは魔法に重きを置いている学生で、実戦経験がある人間などほんの一握りだ。

 将輝には実戦経験があるにはあるが、彼の戦い方は一対一ではなく、一対多数でも苦にしない戦い方なので、いちいち相手の実力を計る必要が無いのだ。

 だが達也は一目見ただけで相手の実力を把握し、その都度勝てる作戦を立てて選手にアドバイスをしたりしている。

 

「いったいどんな過ごし方をしたら、司波先輩のような人になるのかな……」

 

 

 詩奈は四葉家の内情を知る事が出来ないので、達也が何故四葉家の一員として認められていなかったのか、何故急に次期当主として発表されたのかが分からない。それだけでなく、達也がそれまでどのように過ごしてきたのかも分からないので、達也のような人間が出来上がるまでにあったであろう苦労が想像出来ないのだった。

 

「四葉家の人だって発表される前から、光井先輩や北山先輩は司波先輩の事を信頼していたみたいだし、真由美さんや香澄さんも知らなかったとなると、司波先輩の素性が発表される前から知っていた可能性があるのは、十師族の中でも限られた人だけ――もしかしたら誰も知らなかったんじゃないのかな……」

 

 

 達也の素性を知り得たであろう立場である自分の父ですら、達也の事は正式に発表されるまで知らなかったと言っていたし、兄も同様だった。つまり、三矢家の情報網では四葉家の内情は知る事は出来なかったのだろうと詩奈はそう思っている。他の十師族――もっと言えば二十八家の中でも、情報収集に長けているであろう七草家の人間である弘一なら知っていたのかなと、詩奈は昔何度か会った事があるだけの七草家当主の顔を思い浮かべ、すぐに頭を振った。

 

「あの人が知っていたら、もっと早くから真由美さんを司波先輩とくっつけようとしたはず……それこそ、重婚が認められる前に真由美さんとの婚約を発表させるくらいの勢いで」

 

 

 詩奈から見ても、弘一は謀略に長けている人物だ。四葉家現当主である真夜との関係は良くないが、そのまま放置できる問題ではないと思っているからこそ、娘二人を四葉家に嫁がせるのだろうと詩奈は思っている。もちろん、二人の気持ちを蔑ろにした婚約なら詩奈も怒りを覚えただろうが、真由美も香澄も幸いなことに達也との婚約を喜んでいる――むしろ率先して弘一に申し出たとさえ噂されている。

 達也の素性の事を考えていた所為で、詩奈はバトル・ボードのスタートのタイミングを見逃したどころか、既にレースは半分以上進んでいた。

 

「いけない、いけない……今は司波先輩の事を考えるんじゃなくて、試合に集中しないと」

 

 

 レースは一進一退で、今はほのかが辛うじてリードを許している状況で、詩奈はほのかの表情に注目した。彼女の性格上、勝つことが難しいと思っていれば表情に現れるだろうと思ったのだが、詩奈が見る限りほのかの表情は明るい。

 

「まだ諦めてないって事なんだろうな……司波先輩が調整したCADって、そんなに使い勝手が良いのかな?」

 

 

 時間の都合上、ほのかの試合を見に来てはいないが、彼女が使っているのは達也が調整したCADだ。その性能は他のエンジニアが調整したものとソフト面で二、三世代は違うと言われている。

 

「そりゃ司波先輩はトーラス・シルバーの片割れだし、高校生レベルじゃないんだろうけど、先輩たちが司波先輩を志願する程なのかな? 他のエンジニアの人に失礼な感じもするけど……」

 

 

 達也に担当してもらえないと分かり、明らかにがっかりした選手もいたので、詩奈は失礼なんじゃないかと慌てて周りを見回したのだが、他のエンジニアたちは「仕方がない」という感じで笑っていたのだ。

 

「あっ、光井先輩が逆転した」

 

 

 残り僅かと言うところで、ほのかが一気に沓子を抜き去りその差は身体二つ分以上開いている。残りの距離を考えれば、この差は決定的と言えるだろう。

 

「一瞬だけコースの端が暗くなったように見えたけど……これって映像で見た新人戦の時の魔法?」

 

 

 過去の資料で見たのと同じ現象が起こり、詩奈はほのかの魔法の腕が一昨年より数段成長したのだろうと理解した。そうで無ければ、沓子が気づかないはずも無かったと思ったからだ。

 

「最後の最後までこの明暗を使わなかったからこその結果なのかな」

 

 

 純粋な実力勝負では互角なら、切り札を最後まで残しておいた方が勝つ、詩奈はそう考えながら会場を後にした。




詩奈もゆっくり成長していけばいい

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