新人戦に物足りなさを感じているのは、何も真由美たちだけではない。彼女たちとは別の客席で観戦しているエリカもまた、今年の新人戦に不満を懐いていた。
「何処の学校も今年の一年生はレベルが低いのかしら？」
「このくらいが普通だと思うけど？」
「そうなの？ 深雪たちが出てた時は仕方なかったけど、去年だってもうちょっと見ごたえがあったわよ？ まぁ競技が違うから一概に比べられないのかもしれないけど」
「そもそも新人戦はこの程度でもハイレベルだと言われていたくらいだから、決して今年の一年生が総じてレベルが低いというわけではない。エリカは去年、一昨年のレベルを基準にしてるからそう思うだけ」
九校戦マニアと言われている雫がエリカの言葉を否定しつつも、何処か物足りなさを感じている表情をしていると、雫の隣で観戦しているほのかには思えた。
「エリカちゃんは派手なのが好きだから仕方ないのかもしれないけど、私はこのくらいでも十分楽しめてるけど」
「美月は選手でもないし、練習に付き合った事も無いから仕方ないだろうけど、去年手伝った身としては、もっと派手にやってくれた方が盛り上がるのよね」
「相変わらず物騒な奴だな」
「アンタだって、もう少し見ごたえがあった方がいいでしょ？」
「俺は新人戦にそこまで期待してねぇからな。今年の目玉は何といっても本戦モノリス・コードだろ」
「まぁそうなんだろうけどさ……」
エリカも今年の九校戦の目玉はそれだと理解しているが、彼女は新人戦もそれなりに期待していたのだ。だから余計にガッカリしてしまっているのかもしれない。
「そういえば雫、達也くんは？」
「達也さんなら天幕にいると思うけど」
「深雪も？」
「深雪は泉美に連れていかれた。たぶん別の場所で見てると思うけど」
「ふーん……ならいいわ」
エリカは深雪が抜け駆けをして達也と二人で観戦しているのではないかと疑ったのだが、雫の答えを聞いて満足そうに一つ頷いて試合に視線を戻した。
「この程度でも予選突破するわけ……やっぱりレベル低くない？」
「新人戦でパーフェクトが出る方が稀だったんだから仕方ないって。それに頑張った選手にそんな事言っちゃ失礼だよ」
「別に本人に聞こえるわけじゃないんだし」
ほのかのフォローにも、エリカは反省した様子はなく、むしろ既に競技から興味が失せかけているようにすら思える。レオや美月もどうしたものかと首を傾げ、一人の男子へと視線を向けた。
「な、何でみんな僕を見るのさ」
「エリカを何とかするのは幹比古の仕事だろ」
「そ、そんな担当になった覚えはないよ！」
本来なら達也を頼る場面なのだが、生憎この場に達也はいない。そうなるとエリカと一番付き合いが長い幹比古が頼られるのだが、彼もエリカを上手く扱えるとは限らない。大抵の場合は墓穴を掘って痛い目に遭うのだ。
「ちょっと会場の外の空気でも吸ってくるわ」
「そう言って天幕に行くんじゃないの？」
「行かないわよ。というか、達也くんの邪魔をして怒られたくないし」
ひらひらと片手を振りながら会場を出て行ったエリカを見送り、美月は小さく息を吐く。別にエリカがいて緊張していたわけではないのだろうが、張り詰めた空気が緩んだことでつい出てしまったのだろう。
「相変わらずエリカはあっけらかんとしてる。まだ終わってないのに興味が失せたらおしまいだなんて」
「まぁアイツの気持ちも分からねぇでもないけど、あっさりと見限る辺りはさすがだよな」
「エリカは一高が勝とうが負けようが関係ないって感じだしね」
「今年の一年生でエリカと交流がある子は殆ど出場してないからね。でもさすがに矢車君の出番の時は見ると思うよ？ 何せエリカが推薦したようなものだし」
「確かにオレとエリカで侍朗の事は推薦したが、アイツがそんな事を気にすると思えねぇんだが」
「レオ君？ エリカちゃんだってそこまで無責任じゃないよ」
「いや、別に無責任だとは思ってねぇけど……無関心だとは思うけど」
レオを非難しようとした美月だったが、逆にレオから非難めいた視線を向けられ、居心地悪そうに視線を彷徨わせる。こんな時恋人である幹比古が上手くフォロー出来れば良いのだが、彼も若干非難めいた視線を美月に向けているので、救援は望めない。
「と、とにかく！ エリカちゃんだって全くの無関心というわけじゃないんだし、自分が推薦した矢車君の事は気に掛けてると思うよ」
「美月、声が大きいよ」
「あっ、ゴメンなさい」
雫に指摘され、美月は他の客に対する配慮が足りなかったとすぐに頭を下げ、再びレオたちへ視線を戻す。自身に突き刺さる非難めいた視線は、まだ向けられたままなのだ。
「美月が言いたい事も分かる。西城君や吉田君だって分かるでしょ？」
「まぁ、確かに美月が言った事は俺も思ったが」
「そもそも吉田君は美月の彼氏なんだから、こういう時はフォローしてあげないと駄目だよ？」
「えっ！？ ご、ごめんなさい……」
ほのかに指摘され、幹比古は恥ずかしそうに頭を下げる。その恥ずかしさが彼氏としての対応が出来なかったからなのか、『彼氏』と言われた事なのかは分からないが、とりあえず美月に向けられていた視線は解消され、美月が居心地の悪さを感じる事は無くなったのだった。
ほのかにも言われる幹比古って……