侍朗を迎えに天幕を駆け出して行った詩奈を、深雪と水波は微笑まし気に見送っていた。詩奈と侍朗のカップルは生徒会役員の間では温かい目で見守ろうと決まっているのである。
「詩奈ちゃんったら、そんなに矢車君と一緒にいたかったのね」
「ここ数日あの二人は常に一緒に行動していましたから、半日とはいえ別行動した事が原因でしょう」
「そんな事言っても、さすがに部屋は別々なんだから、試合中以外は殆ど別行動だと思うのだけど?」
「一緒にいた時間も別行動したので、その反動があったのではないかと」
「なるほどね」
水波の説明に納得がいったのか、深雪はそれ以上詩奈の事を話題には出さなかった。
「達也さま、本日の結果を受けて、明日からはどのようにすればいいとお思いですか?」
「新人戦は水波と詩奈に任せる。もちろん、不測の事態が起これば手伝うが、今日の結果は想定内だからな。このまま水波と詩奈が思うように進めてくれ。相談には乗るが、新人戦は選手だけでなく作戦スタッフも来年以降を見据えておかないといけないからな」
「達也さまに任されている以上、無様な試合展開にはしないつもりですが、私は達也さまのように相手がどのように動いてくるかまでは見透かせませんので……」
「俺だって全てが分かるわけじゃないんだが?」
達也の言葉を、深雪と水波は謙遜だと受け取った。彼女たちの中では、達也は相手の裏の裏まで読み切って作戦を立てているという思いが強く、達也が残してきた結果からもそう思い込んでも仕方がない。だが当たり前の事だが、達也は相手の裏の裏まで読み切っているわけではなく、自分が考え得る作戦を自分ならどう対処するかを考えて作戦を立てているだけなので、達也からすれば何故二人がそのような勘違いをしているか分からないのだ。
達也が二人の勘違いをどう正したものかと考えていると、天幕に来客がやってきた。本来部外者は入れない決まりなのだが、既に解散した後なので大丈夫だと判断したのだろうと、達也はやってきたメンバーを確認してそう判断した。
「達也くん、お疲れ様」
「ここは一応部外者は入れないことになっているのですが」
「いいじゃない、もう殆ど人も残ってないんだし、私たちが他所に情報を流すと思ってるの?」
「そんな事は思っていませんし、万が一情報が漏れた場合は、先輩たちを消せばいいだけですので」
「……君がそういうとシャレに聞こえないぞ」
天幕にやってきた三人、一高OGの真由美、摩利、鈴音は、達也の冗談とも本気ともとれるセリフに、それぞれ違った反応を見せた。真由美は変わらず笑顔で、摩利は頬を引き攣らせ、鈴音は二人に対して呆れたのを隠そうともしない表情だ。
「だから言ったんですよ。幾ら人が減ってきているとはいえ、天幕に入れば注意されると」
「市原だって本気で止めなかったんだから同罪だろ? というか、自分だけ助かろうとするな」
「別に助かろうとはしていません。ですが、率先して天幕に行こうとしたのは真由美さんと摩利さんのお二人です。私は二人が暴走しないようにと見張りとして同行しただけです」
「まぁまぁ、摩利もリンちゃんも落ち着いて。達也くんだって本気で私たちを消し去ろうだなんて考えてないわよ」
「それで、どのような用件でいらしたのでしょうか?」
達也との時間を邪魔された深雪は、明らかに不機嫌な声音で真由美に問いかける。しかし深雪の不機嫌な態度でも真由美の余裕は崩れない。半年とはいえ深雪と同じ空間で作業してきた経験が活きているのか、この程度では動じない精神が鍛えられているのだ。
「今年の新人戦、達也くんはどう感じてるのかを聞きに来たのよ。本当なら達也くんが天幕から出た後で聞くべきなんだろうけど、達也くんの時間を確保するのはなかなか大変だからね。深雪さんだけじゃなく、光井さんや北山さん、エリカちゃんたちなんかも達也くんと一緒にいたいって思ってるだろうし」
真由美の言葉に、深雪は当然だという表情で頷いたが、達也は苦笑を浮かべる。達也個人としては、時間を創る事くらい簡単に出来ると思っているのだが、深雪たちの考えは別なようだなと、心の中でそんな事を考えていたのだ。
「どうと言われましても、元来新人戦のレベルはこの程度だと雫から聞いていますが」
「そうね。去年、一昨年がハイレベルなだけで、これが普通だって思わなきゃいけないんだけども……」
「物足りんと思ってしまうのも仕方がないだろ? 去年は競技が違ったから一概に同列視は出来ないが、一昨年の新人戦はかなりのハイレベルだったからな。達也くんだけじゃなく、司波たちの活躍も大きかった」
「あの年は私たちだけでなく、三高の皆さんもかなりのレベルでしたからね。先輩たちが評価してくださっているのは嬉しいですが、わざわざ愚痴を言いに来たのでしたらお帰りくださいませ。達也様はそのような事に時間を割いている余裕はありませんので」
「深雪さんが達也くんとの時間を邪魔されて不機嫌なのは分かるけど、私やリンちゃんだって達也くんの婚約者なのよ? 少しくらいお喋りしたっていいじゃないの。もちろん、本当に達也くんが忙しいのなら、私だって自重するけどね」
今はそれなりに時間があると踏んでやってきたのだと言外に告げられ、深雪は反論出来なくなってしまった。達也としても別に追い返す必要も感じなかったので、真由美たちに付き合う事にした。
達也なら文字通り消せるからな……