劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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冗談を言える余裕はある


二日目の戦況

 侍朗が救護所に運ばれた事は、達也も深雪も知っていた。客席に赴くわけにはいかないが、モニターで各会場のチェックをしていたところ、その光景が映っていたのだ。

 

「なんだか一昨年の吉田君を見ているようですね」

 

「あ、あの時はいろいろと大変だったんです!」

 

「確かに七草先輩のファンの熱気は凄かったですけど、吉田君以外は大丈夫だったんですよ?」

 

「深雪、それくらいにしておいてやれ」

 

 

 深雪にからかわれてタジタジになっている幹比古を助けたわけではなく、深雪の隣で泉美が不機嫌になりかけているので達也は深雪を制止したのだ。

 

「確かにお姉さまのファンの方は多かったですし、熱狂的な方も沢山いたと存じていますが、吉田先輩はその熱気に中てられたのですか?」

 

「まぁ、あれだけの熱気だったからね……」

 

 

 自分でも情けないと分かっているようで、幹比古はそれ以上聞いてほしくなさそうな態度で泉美の質問に答える。ここで追い打ちをかけるような性格ではないので、泉美からそれ以上問い掛けられる事は無かった。

 

「しかし、昨日あれだけ不満そうな客が多かった割には、しっかりと盛り上がってるようだな」

 

「本戦から新人戦に切り替わった事で、どうしても違いを感じてしまう人はいるでしょうが、二日目になればそれにも慣れたのでしょう。今年の新人戦もそれなりにハイレベルな戦いを繰り広げているのですから、熱狂するには十分だと思います」

 

「深雪先輩の仰る通りだと私も思います。確かに一昨年の新人戦と比べれば、どうしても見劣りしてしまうかもしれませんが、あの年が特別ハイレベルなだけであって、今年の新人戦も例年通りのレベルは維持していると思います」

 

「あの年はいろいろとイレギュラーがあったから仕方ないよ。その殆どは、達也が関係してるんだろうけどもさ」

 

「俺だって好きで参加したわけじゃない。エンジニアが足りないという事から始まって、最終的にはモノリス・コードに参加させられただけで、自分の意思は一切ないからな」

 

「そんな事言っても、達也がやってのけた事はそれだけインパクトが強かったんだよ。そこに達也の意思があったかなんて関係ないくらいにね」

 

 

 幹比古の切り返しに、達也はガックリと肩を落とす――という事は無く、ただただ苦い表情でモニターを見詰めるだけだった。

 

「水波ちゃんもしっかりと選手個人の事を把握しているようですね。的確な指示のお陰で、男子クラウド・ボールも三人が二回戦突破です」

 

「ピラーズ・ブレイクの方も、順調に勝ち進んでるね。これなら新人戦優勝も見えてくるんじゃないかな」

 

「あまり楽観的に考えるのはどうかと思うが、今は素直に喜んでおこう」

 

 

 達也の見立てでは、バトル・ボードの決勝進出は難しいという事だったが、水波がその選手に合った戦術を立て、ケントがそれを実現させる為にCADを調整したお陰でこの結果が残ったのだ。

 

「深雪先輩や司波先輩たちが抜けた穴は大きいでしょうが、来年以降も私たちは無様に負けないつもりです」

 

「それは分かっているわよ、泉美ちゃん。卒業しても私は見に来るつもりだから、もし無様な戦いをしてたら活を入れちゃうかもしれないわ」

 

「深雪先輩の活なら喜んで!」

 

 

 もしこの場に香澄がいればツッコミなり呆れた視線をぶつける事で泉美を現実に引き戻しただろうが、生憎この場にいるのは泉美のみ。達也は泉美が妄想の世界に旅立っていようが関係ないし、幹比古では彼女を現実に引き戻す事は難しい。その結果泉美は暫く妄想の世界を楽しむ事となったのだ。

 

「達也様、女子クラウド・ボールの速報が入ってきました。残念ながら一名脱落、二名は接戦ながらも三回戦進出だそうです」

 

「達也の見立て通りだね。四高の選手がそれ程強かったって事なんだろうけどさ」

 

 

 幹比古も深雪と同じデータを見ながら、一高の選手を破った四高の選手を褒める。勝負は紙一重だったが、相手選手はまだ余力がありそうにも感じられたのだ。

 

「本命はこの選手かな。相手を疲弊させてから一気に叩き潰すって感じだけど、この戦い方は自分にも負担が大きいと思うんだけど」

 

「それだけ体力に自信があるんじゃないか? 使ってる魔法も少ない事を考えれば、相手の体力が尽きる前に自分が力尽きるわけがないという確信があるという事なのかもしれない」

 

「この戦い方、魔法だけ見れば七草先輩と似ていますが、相手を圧倒するだけの力が無いから体力勝負をしているわけですか?」

 

「そうだろうな。詳しい事は本人に聞かなければ分からないが、恐らく深雪が考えた通りだろう」

 

「七草先輩か……確かにあの人は相手を圧倒してたもんね。達也が側で見ていたからってのもあるのかもしれないけど」

 

「あの時の達也様と七草先輩の関係は、あくまでも先輩後輩であり特別な関係ではなかったはずですが。吉田君は何を思ってそのような発言をしたのですか?」

 

「べ、別に深い意味があるわけじゃ……あの時から七草先輩は達也の事を少なからず想っていたと思っただけです」

 

「……そういう事ですか」

 

 

 過去の真由美に嫉妬するのは馬鹿らしいと思ったのか、深雪は幹比古を追及する事を止め、今まさに行われている女子クラウド・ボール三回戦の一つ、四高の選手を相手にしている試合に視線を固定したのだった。




不機嫌になるって分かってるのに……

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