劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ぶっきらぼうに見えて情が深いからな……


香澄の思い

 泉美と別行動している香澄は、雫と共に女子クラウド・ボールの試合を観戦していた。何故雫と一緒に行動しているかというと、参加者の一人が風紀委員の後輩だからだ。

 

「次が大事ですね……優勝候補の四高の選手相手に何処まで踏ん張れるか」

 

「あの子なら大丈夫だと思うけど。普段は大雑把に見えるけど、大事な時は慎重かつ大胆に動けるから」

 

「司波先輩がそう言ってあの子をクラウド・ボールに推薦したのは知ってますし、水波も反対しなかったからそのまま選手として参加してるらしいですけど、意外とやる気があるんですよね」

 

「九校戦に参加出来る可能性は三年間あるけど、新人戦は一年の時だけ。ある意味特別な気持ちを持って参加してるのかもしれない。実際私も今年や去年と、一昨年とでは違った感情があった」

 

「まぁ、それはボクもですけど」

 

 

 今年は上級生に混じって参加している形だが、去年は同学年たちと共に戦ったので、ある意味特別だったなと、香澄は今更ながらに新人戦についてそう思い始めた。

 

「香澄はクラウド・ボール、優勝したかったの?」

 

「何ですか、いきなり」

 

「いや、どことなく悔しそうな表情をしてたから?」

 

「何故先輩が疑問形……」

 

 

 雫も確信があっての発言ではないので、言葉尻がどことなく自信なさげだったのを受けて、香澄が困ったような表情で頬を掻く。

 

「そりゃ出るからには勝ちたかったですけど、相手はあの愛梨さんですから……二人一殺で漸く勝てる相手に、ボク一人で勝てたとは思えません」

 

「でも泉美と順番が逆だったら、香澄が優勝してたかもしれないんだよね?」

 

「ボクは別に優勝とかは興味ないです。でも作戦とはいえ負けるのは嫌いですから、出来る事なら新人戦でこの競技をやって、泉美と決勝で戦ってみたかったなとは思ってます」

 

「なら、来年も二人で参加すればいい。来年になれば愛梨たちも卒業してるから、香澄と泉美が優勝候補。私も今から楽しみ」

 

「気が早すぎません? まだ今年の九校戦も終わってないのに……」

 

 

 裏で九校戦マニアとすら言われている雫が、既に来年の九校戦を思い浮かべているのを受けて、香澄は苦笑する。雫たち現三年生が抜けた穴を自分たちと今戦っている一年生たちで埋められるとは思っていないが、それを見越して今年のメンバーは二年生が多く選出されているのだ。三年生の実力者たちも、本音を言えば最後の九校戦に出たかっただろうに、今年だけ勝てば良いわけではないという考えから辞退した。その気持ちに応える為には、どうしても勝つしかないのだと思っている身としては、来年の事などまだ考えられるはずもないのだから仕方がない。

 

「香澄たちは気負い過ぎなんだと思うけど」

 

「えっ?」

 

「確かにエイミィやスバルといった三年生が出場していないのはおかしいと思うかもしれないけど、彼女たちは別に我慢してるわけじゃない。来年を見越した選出はどうしても必要になるし、三年生で固めて優勝しても来年に繋がらないって事は誰だって分かってる。今年が最後になる私たちが来年の為に出来る事は、出場枠の確保と、来年に繋がる試合をする事だから」

 

「北山先輩……」

 

 

 今年勝てば一高は五連覇を達成する。現三年生にとって今年勝てば本当の優勝だと言えるはずなのに、その記録に携わる事よりも来年勝つ事を優先出来るなど、香澄はもし自分が同じ状況に立った時そう考えられるか頭を悩ませた。

 

「(ボクには出来ない考え方だな……多分、泉美にも無理だろう……)」

 

 

 双子ならではの思いで、香澄は自分だけではなく泉美にも無理だろうと決めつける。普段冷静に見えて実は自分よりも熱くなりやすいと思っている相手だから故に、香澄は泉美の気持ちを決めつけたのだ。

 

「今私たちに出来るのは、一年生を応援する事。応援で実力差が埋まるわけじゃないけど、気持ちで負けてたら勝てる試合も勝てない」

 

「そうですね……しっかりと応援します」

 

 

 余計な事を考えて応援を疎かにしたら、何をしにこの場に来たのかが分からない。香澄は気持ちを切り替えて後輩の応援に全力を尽くす事にした。

 その香澄の気持ちが通じたのかは分からないが、風紀委員の後輩は僅差で優勝候補筆頭と言われていた四高の選手を破り準々決勝にコマを進めた。

 

「勝った……勝ちましたね、北山先輩!」

 

「うん、見ればわかる……香澄、少し落ち着いて」

 

「あっ、すみません!」

 

 

 本気で応援していたが故に、自分の事のように嬉しくなり雫の肩をバンバン叩いていたことに気が付き、香澄は慌てて頭を下げた。雫も香澄の気持ちが分からないでもないので、少し困った表情をしただけで香澄を咎める事はしない。

 

「人の為に本気になれる。そんな香澄ならきっと大丈夫だよ」

 

「何がですか?」

 

「ううん、何でもない。それよりも、次の試合もちゃんと応援してあげよう」

 

「そうですね! ここまで来たら絶対に優勝してもらいましょう!」

 

「そうだね」

 

 

 まさかここまで感情移入するとは思っていなかったので、雫は香澄をどう扱えば良いのかに頭を悩ませていたのだが、香澄は雫がそんな事を思っているなど微塵も思っていなかったので、最後まで雫を付き合わせたのだ。それが功を奏したのかは分からないが、新人戦女子クラウド・ボールは、風紀委員の後輩が優勝を収めたのだった。




雫が気圧されてる……

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