劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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出番が近づくにつれて……


気持ちの整理

 新人戦三日目、詩奈に連れられて女子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合を観戦している侍朗だが、彼は心ここにあらずといった感じでボーっと前だけを見ている。そんな侍朗を見て、詩奈は少し呆れた声音で話しかける。

 

「侍朗君、今から緊張してたらもたないって何度言えば分かるの? 緊張するなとは言わないけど、今は考えないようにしないと。司波先輩や小野先生に相談して、多少は楽になったんでしょ?」

 

「そんな事言ってもな……本来なら俺は選手として参加出来るわけがなかったんだ。それがいきなり参加しろなんて言われたんだぞ? 入学当初から覚悟してたならまだしも……」

 

「そんなの、一昨年の司波先輩たちの方が突然じゃないの。先輩たちは前日に言われたんだよ?」

 

「それもそうなんだが……あの人たちはいい意味で鈍感だろ? それに司波先輩がいれば何とかなるって思ってたかもしれないし」

 

 

 実際幹比古は聞かされた時何かの冗談であってほしいと願ったし、レオも質の悪い冗談なのではないかと疑ったが、最終的には「達也がいれば何とかなるか」ということで、一応心の平穏を取り戻したのだが、詩奈も侍朗もそんな裏事情までは知らない。だが詩奈の言う通り、達也たちが参加を打診されたのは試合の前日で、大会前から決まっている侍朗に比べれば本当に突然だ。そんな状況でも彼らは首脳陣たちの期待以上の結果を残したのだ。

 

「確かに司波先輩は肝が据わっているし、一条さんの攻撃も受け流したらしいけど、西城先輩や吉田先輩だって活躍してたんだよ? 司波先輩だけに頼ってたわけじゃないんだし、あの二人だって当時は侍朗君と同じ二科生だったんだから、一科生からの視線だってあっただろうし」

 

「西城先輩は気にしなかったと思うが、吉田先輩は気にしてただろうな……」

 

 

 侍朗から見ても、幹比古の方がそういう事に敏感に思えるのか、彼の視線はすぐ傍にいるレオではなく、天幕にいるであろう幹比古に向けられた。

 

「後で、当時の事を聞いてみるよ」

 

「その方がいいかもね。吉田先輩なら、今の侍朗君の気持ちが分かるだろうし」

 

 

 詩奈も、達也やレオに当時の気持ちを聞くより、幹比古に聞いた方が、侍朗にとって有益な話が聞けるだろうと思っていたので、侍朗のセリフに頷いて同意したのだ。

 

「だから今は、みんなの応援をしっかりしなきゃね」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 幹比古に当時の話を聞く事でまとまり、侍朗も明日の試合の事を考える事を止め同級生たちの応援に精を出し始める。そんな侍朗の横顔を、詩奈がじっと眺めていたが、侍朗は気づくことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日目も期待以上の成果を収めた一年生たちの結果を見ながら、幹比古は達也に明日の話を振った。

 

「これで明日のミラージ・バットの結果次第では、モノリス・コードは優勝出来なくても新人戦はウチの優勝だね。矢車君の気持ちも多少は楽になるだろう」

 

「それはどうだろうな。侍朗がそこまで楽観的になれるのなら、新人戦が始まってからずっと吐きそうな顔はしてないと思うが」

 

「確かに……緊張する気持ちは分かるけど、あんなにずっと緊張してたら実力の半分も発揮出来なくなっちゃうと思うんだよね。達也、何かいい考えはないかい?」

 

「俺よりも、幹比古の方が侍朗の気持ちが分かるんじゃないか? 俺は別に緊張とかしなかったわけだし、レオも侍朗程ではなかっただろうから、立場的にはお前が一番侍朗に近いだろ」

 

「まぁ、僕も参加出来るとは思ってなかったし、いきなり大勢の前で試合をしろって言われたわけだから、確かに矢車君の気持ちは分かるよ。分かるけど、僕だってあそこまで露骨に緊張してなかっただろ? 緊張してる暇が無かったっていうのもあるけどさ」

 

 

 幹比古の言うように、彼が参加を命じられたのは試合前日――しかも夜遅くだ。自分が試合に出る実感が持てないまま本番を迎えたようなものなので、ある意味幹比古にとっては都合が良かったのかもしれない。

 だが侍朗は一ヶ月くらい前から参加が決まっており、それも強制されたわけでもない。だから幹比古も侍朗の気持ちは理解出来るが、そこまで緊張するなら断れば良かったのではないかとも思っている。

 

「矢車君としては、三矢さんと一緒にいられるならと思ったのかもしれないね」

 

「そんな不純な動機だったら、俺の方が参加させなかったから、一応学校の為という気持ちはあったんだろう。だが出番が近づくにつれて、プレッシャーに潰されそうになってるのかもしれない。小野先生の話でも、そんな感じだったからな」

 

「あれって達也が仕向けたんだろ? あんな都合よくカウンセラーが通りかかるとは思えないし」

 

「あれが本職なんだから、小野先生には悩んでいる生徒の相談に乗ってもらっただけだ。文句を言ってくるようなら、それなりに払っても構わないがな」

 

「……高校生に給金を支払わせる教師がいるとは思えないけどね」

 

 

 厳密に言えば教師ではないのだが、達也はそんな細かい事にツッコミを入れるタイプではない。幹比古もそれが分かっているので、達也が無反応でも特に不満を言う事はしなかった。




下手な大人より稼いでるし……

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