劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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緊張感が台無しだ……


試合前の空気

 新人戦四日目、いよいよ新人戦も残すところ二日となり、残っている競技は花形の二つ、男子はモノリス・コードで女子はミラージ・バットだ。水波はミラージ・バットの担当をする事になっているので、モノリス・コードの担当は達也と詩奈という事になっている。といっても、詩奈はあくまでも補佐であり、モノリス・コードの担当は達也という事になっている。

 

「いよいよだね、侍朗君」

 

「あ、あぁ……」

 

「相手は八高だから、侍朗君と動きが似てるんじゃないかな」

 

「どうだろうな……俺は野外演習に力を入れているわけじゃないし」

 

「でも、そう言った場面の方が得意でしょ?」

 

「それはそうだが……」

 

 

 侍朗の得手不得手は心得ている詩奈は、八高相手なら似たような条件だと確信している。もちろん魔法の技量などの違いはあるだろうが、侍朗が大きく引けを取るとは思っていない。

 

「昨日吉田先輩と話して覚悟は決まったんでしょ? 変に気負わなければ侍朗君だって活躍出来るよ!」

 

 

 詩奈が侍朗の手を取り、力強い眼差しを向ける。侍朗は詩奈の視線を受け、恥ずかしそうに視線を逸らしたが、チームメイトの二人がニヤニヤとした視線を自分に向けている事に気付き、咳ばらいをして詩奈に周りの目を自覚させようとした。だが詩奈は侍朗のそんな気持ちに気付かず、まだ侍朗の手を掴んでいるので、侍朗ははっきりと言わなければ分からないようだと肩を落とした。

 

「詩奈、あのな……俺を信じてくれているのは嬉しいが、こういう事は周りの目を気にしてやった方がいいと思うんだが……」

 

「周りの目? ……っ!?」

 

 

 そこで漸く、詩奈は自分と侍朗以外にもこの場に人がいたことを思い出し、弾かれたように侍朗から離れた。詩奈の顔は侍朗以上に真っ赤に染まり、恥ずかしさのあまり少し涙目になっている。

 

「と、とにかく。詩奈のお陰で緊張も何処かに行ったから、落ちついて試合に臨めそうだ」

 

「そ、それなら良いけど……」

 

「あのな、俺を挟んで遣り取りするのは止めてもらえるか?」

 

「ご、ゴメンなさい!」

 

 

 達也の背後に隠れるようにして侍朗と話していた詩奈は、達也に呆れられて慌てて頭を下げる。侍朗も自分が指摘した所為で達也を巻き込んだという事は分かっているので、素直に頭を下げた。

 

「試合直前にこんなやり取りをするだけの余裕があるんだ。後は普段の練習を思い出して落ち着いて臨めば、予選突破は出来るだろうな。三人とも、期待しているぞ」

 

「は、はい!」

 

 

 達也に期待されていると知り、侍朗だけでなく残りの二人も背筋が伸びる思いがした。実際に背筋を伸ばして返事をし、達也がそれを見て頷いたので三人はもう一度気合いを入れて試合に臨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が選手三人に発破をかけている頃、観客席ではレオとエリカ、幹比古と美月が試合開始を待っていた。深雪たちはミラージ・バットの会場に行っているので、今はこの四人で行動しているのだ。

 

「矢車君、大丈夫でしょうか」

 

「心配ないと思うわよ。あたしが普段から鍛えてるんだし、達也くんが選出したんだから」

 

「推薦したのは俺とお前だろうが」

 

「アンタの推薦は兎も角、あたしが推薦したんだから、無様に負けるって事は無いと思うわよ」

 

「どういう意味だ!」

 

「はいはい。レオ君もエリカちゃんも喧嘩しないの。他の人だっているんだから」

 

 

 何時ものように言い争いになりそうだったが、美月が二人の間に割って入り仲裁する。入学当初の美月だったら出来なかったことだろうが、彼女も成長しているので二人を仲裁するのは問題ないようだ。

 

「まぁ、達也くんなら相手の裏をかくような作戦を立てるでしょうし、侍朗以外の二人だってモノリス・コードに選ばれるくらいの実力者なんだし、問題ないだろうね」

 

「さすがに予選で負ける事は無いと思うよ。それに、ミラージ・バットの結果次第では、明日を待たずに新人戦優勝が決まるわけだから、ある程度は気楽になってると思うしね」

 

「昨日幹比古に相談したんだろ? 何で俺や達也じゃなかったんだろう」

 

「そりゃ緊張なんてしない達也くんと、相談する相手として相応しくないアンタよりも、緊張しまくって吐きそうになりそうなミキに相談するに決まってるじゃない。自分の気持ちが分かってもらえるんじゃないかってね」

 

「何だとっ!」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

「エリカちゃん! 二人を煽るのは止めなよ」

 

「別に煽ってるつもりは無いんだけど?」

 

「顔が笑ってるよぅ……」

 

 

 自分が困っているのを見て楽しんでいるのがバレバレのエリカの表情に、美月はため息を吐く。ここに深雪か達也がいれば助けを求める事が出来るのだが、頼りになる二人はこの場にはおらず、レオと幹比古はエリカにからかわれている身なので、自分を助けてくれそうにない。そんな状況に泣きそうになったが、ここで泣いたらエリカがより喜ぶだけだという事を理解しているので、美月は自分で自分に活を入れてエリカを睨みつけた。

 

「エリカちゃんが渡辺先輩とお兄さんの婚約を快く思ってないのは分かるけど、私たちで憂さ晴らしをするのは止めてよね」

 

「べ、別にそんな事思ってないわよ」

 

「なら、普通にからかうのは止めて」

 

 

 美月に反論されると思っていなかったのか、エリカは視線を逸らしながら美月の言葉に頷いたのだった。




視野狭窄な詩奈と、指摘して墓穴を掘る侍朗……

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