フィールドにいる侍朗は、自分が驚くほど冷静でいられた。敵の配置が手に取るように理解出来ており、味方が何処にいるのかも把握出来ている。
「(西城先輩や山岳部の先輩たちの動きの方が複雑で分かりにくいってのがあるんだろうな……)」
レオたちとしては別にそんな事を意図して侍朗をしごいてたわけではないのだが、その事が功を奏して侍朗はこういった入り組んだ地形で敵や味方の気配を掴むことになれていたのだ。
「(敵が近づいてきたな……その傍に枝と小石が落ちているから、それを敵にぶつけて意識を逸らす間に一人を敵陣に切り込ませる)」
自分がオフェンスに出る事は無いが、敵の意識をこちらに向けさせてオフェンス担当を切り込ませるという役目は実に侍朗にあっていた。
「(このくらいなら、俺だって役に立てる。俺だって戦える)」
意識を集中して枝と小石を敵選手に攻撃する。侍朗の狙い通り、敵は近くに侍朗がいると考えて視野を狭めて付近を捜索し始める。その事を味方に伝え、敵陣のモノリスに攻撃を仕掛ける。
「(これでこの試合はこっちの勝ちだ。ディフェンス一人なら、アイツなら倒せるだろうしな)」
侍朗の考え通り、味方は敵ディフェンスを倒しモノリスに表示された五百二十文字を送信して試合終了のサイレンが鳴り響いた。
「終わったな」
「よう矢車、お疲れ」
「あぁ、何とか役に立てたか?」
「十分だろ。さすがあの司波先輩が推薦しただけはあるな」
「あの人には敵わないがな」
「あの人に勝てる人なんているわけ無いだろ」
無事に勝ったからか、チームメイトが気さくに話しかけてきた。侍朗はその事に面くらっていたが、この後も試合が続くという事で、コミュニケーションは取っておいた方がいいので、焦ってるのを気づかせないように無難な受け答えでその場を凌いだのだった。
侍朗たちの試合を見ていた将輝と真紅郎は、予想外に侍朗が良い仕事をしていたので頭を悩ませた。彼らは侍朗が二科生であることを掴んでいたが、その事で侍朗の事を下に見る事はしていなかった。だが心のどこかでそれ程大したこと無いのだろうと思っていたのかもしれない。
「どう思う、将輝」
「アイツが選んでくるだけの事はあるな……一撃一撃の威力はそれ程でもなさそうだが、状況判断能力が高く、敵の意識を自分に向けさせ、それから逃げ切る能力もかなり高い……何か特別な訓練をしているんだろうか」
まさか侍朗が達也ではなく、エリカとレオが鍛えているなどと思いもしない二人は、達也が鍛えているならそれくらいありそうだと考え始めた。ここで愛梨たちに意見を尋ねれば真相が分かるのだが、元々会話をする仲ではなかったのもあるし、今は達也の婚約者という事で余計に話しにくくなっている状況だ。ましてここで愛梨に聞きに行けば、負けた気になるというくだらない理由から、二人は真相にたどり着くチャンスを自ら捨てたのだった。
「物体に魔法を使って飛ばす、か……姿が見えないステージじゃだいぶ苦戦するだろうね。だけど草原ステージなら、彼の魅力は半減する」
「だがまだ一試合見ただけだ。もしかしたらまだ隠してる何かがあるかもしれない」
「そうなってくるとかなり厄介だね……今年も一高は厄介な選手を揃えてきたみたいだ」
「アイツが作戦参謀だからな……ジョージ、本戦の動きをシミュレーションしておこう」
「そうだね」
将輝たちも新人戦の采配は基本的に後輩に任せているので、二人は自分たちが出場する本戦に向けて、どうやって達也を倒すかを考える為に会議室に向かったのだった。
無事に侍朗が活躍した事で、詩奈は嬉しそうに手を叩いていた。信じていたとはいえ、侍朗が実際に活躍するところを見られたのがよほどうれしいのだろう。達也の前だというのに詩奈は遠慮なしに感情を爆発させていた。
「よかった、侍朗君……これで自信を持ってくれるかな」
「まだ一戦だけだ。これからまだ数試合残っているんだし、まだまだ自信に繋がるとは思えないが、少なくともアイツの中で何かが変わっただろう」
「し、司波先輩……そ、そうですよね」
自分の呟きに返事があった事にも驚いたのだが、達也が侍朗の事を認めてくれているのが分かったのが何よりも嬉しかった。元々達也は侍朗と同じ二科生の出身だから彼の事を下に見るという事は無かったが、このように表立って侍朗の事を褒めるという事はしていなかった。だから余計に嬉しかったのか、達也の手を取って何度も頭を下げた。
「司波先輩がそう言ってくれたって知れば、侍朗君もきっと喜びます! 早速侍朗君のところに行ってきます!」
「あ、あぁ……行ってこい」
達也にしては珍しく、詩奈の勢いに圧されたような感じだったが、詩奈はそんな事を気にせずに、達也から許しが出たのを良い事に選手の控室に向けて走り出した。
「……ああいったところは、深雪と似ているのかもしれないな」
深雪も自分の事になると周りが見えなくなる傾向が強かったので、達也はそんな事を考えた。もしここに他の人間がいれば、達也の考えに苦笑しただろうが、誰も達也の考えを訂正する者はいなかったのだった。
恋する乙女は周りが見えなくなる……