劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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勢いでなんとかなる


手を繋ぐ

 控室で寛いでいた侍朗のところに詩奈が駆け込んできて、侍朗は驚いたように立ち上がった。まさかこんなところまで詩奈が駆け込んでくるとは思っていなかったというのもあるのだが、試合前に散々恥ずかしい思いをしたのにまた似たような事をしそうな詩奈に不安を懐いたのだ。

 

「侍朗君! 凄かったね! おめでとう!」

 

「あ、ありがとう……詩奈、とりあえず、落ちつけ」

 

「あっ、うん……」

 

 

 侍朗に指摘され、詩奈はその場で深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとした。だが侍朗が活躍して勝った事で興奮しているのと、達也に侍朗の事を認めてもらったという事実が、詩奈を冷静さから遠ざけている。

 

「矢車、俺たちちょっと外の空気を吸ってくる」

 

「ごゆっくり」

 

「な、なんだよごゆっくりって!」

 

 

 チームメイト二人がニヤニヤした表情で控室から出て行くのを、侍朗は何とか思い止まらせようとしたが、侍朗の思いを無視して二人は出て行ってしまった。

 周りの目を気にしなくて良くなったからか、詩奈は落ち着こうとしていたのを諦め、侍朗の手を取って喜びを爆発させた。

 

「侍朗君が冷静に挑めていたのも嬉しいけど、司波先輩が侍朗君の事を認めてくれていたことが嬉しいの!」

 

「司波先輩が?」

 

 

 侍朗としても予想外だったのか、詩奈を宥めようとしていた侍朗の意識が達也に向いた。彼の中でも達也に認められているという実感は無かったのだ。

 

「まだ完全に自信に繋がるとは思ってないけど、少しくらいなら自信を持つ方に向かってるだろうって感じの事を言ってたの! 司波先輩って何を考えてるのか分かりにくいけど、ちゃんと侍朗君の事を考えてくれてたのが私、すっごく嬉しいの!」

 

「司波先輩がそんな事を……というか詩奈、何時まで手を掴んでるつもりなんだ?」

 

「別にいいでしょ? 大会中はあんまり侍朗君と一緒にいられないんだから」

 

 

 詩奈のセリフに、侍朗は何も言えなくなってしまう。もしチームメイトの二人が残っていればツッコミを入れるかニヤニヤと侍朗の事を見てきただろうが、この二人にツッコミを入れる人間は誰一人この場にいなかった。

 

「まだ一戦だけだけど、侍朗君が冷静に戦えているのを見て安心したよ。これならちゃんと役に立てるし、護衛として活躍出来るってお父さんたちにアピールできるよ」

 

「そ、そうだな……ここで活躍すれば、詩奈の護衛として認めてもらえるかもしれないな!」

 

「そうだよ! 正式に護衛に認められれば、今のように周りから睨まれるような事もなくなるかもしれないね!」

 

 

 侍朗の今の立場は、あくまでも詩奈の側付き――護衛として認められていないのだ。それを改善する為には、この大会で護衛として役に立つという事をアピールすれば良いと詩奈と確認し合い、侍朗は残りの試合に向けて気合いを入れ直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラージ・バットの予選を観戦していた水波は、達也からのメールを見て苦笑いを浮かべた。詩奈が侍朗の事になると冷静さを失う事は知っていたが、まさか達也の手を取って興奮するとは思っていなかったのだろう。

 水波が苦笑いをしたことが気になったのか、隣に控えていた深雪が水波の端末を覗き込んで、彼女も苦笑いを浮かべた。

 

「詩奈ちゃんったら……達也様の手を掴むなんて、私でもなかなか出来ないのに」

 

「三矢さんは特別な思いを持って達也さまの手を掴んだわけではないでしょうが、羨ましいと思ってしまうのは仕方がありません」

 

「もし私が達也様の手を掴んだと知れば、他の婚約者たちが嫉妬するでしょうしね。そうなると達也様は全員の手を掴まなければいけなくなってしまうので、達也様のお時間を無駄にさせてしまうわね……残念だけど、暫くは無理そうね」

 

「深雪様……」

 

 

 水波は深雪が誰よりも達也の邪魔をしたくないと願っている事を理解してるが故に、深雪の歯痒い思いが十分理解出来た。もちろん水波自身も達也と手を繋ぎたいという思いはあるが、あくまで愛人枠でしかない自分がそんな事をすれば、正式な婚約者たちが暴動を起こしかねない。だから自分から達也の手を掴みに行くつもりは無いが、深雪にはそうしても許されるのではないかという気持ちが何処かにあった。

 

「とにかく詩奈ちゃんは、矢車君が活躍した事が嬉しかったのでしょうね。多少のオイタという事で見逃してあげましょう」

 

「そもそも三矢さんには、達也さまに対して特別な思いを懐いてるわけではありませんので、達也さまの手を掴んだことがそれ程大事に繋がるとは思っていないでしょうね」

 

「達也様を取り巻く状況を考えれば、手をつなぐだけでも大変だって分かってるとは思っているでしょうけど、そこまで行くのが大変だとは思っていないでしょうね」

 

「そう考えると、普通の彼氏彼女である三矢さんと矢車くんの方が自然に手を繋げるのかもしれませんね」

 

「そうかもね。でもあの二人も、吉田君や美月のように周りの目を気にするから、繋いだとしても二人きりの場所ででしょうけども」

 

 

 まさか現在進行で二人が手を繋いでるとは思っていない深雪と水波は、侍朗と詩奈の事を思い浮かべて苦笑したのだった。




深雪も結構やってるとおもうんだけどな……

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