劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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祈るしか出来ないもどかしさ


観客席からの祈り

 苦戦する侍朗たちを観ていた詩奈は、両手をきゅっと胸の前で握り、祈るような恰好を取る。

 

「詩奈?」

 

「どうかしたのですか?」

 

 

 詩奈の隣で観戦していた香澄と泉美が、詩奈のその恰好に疑問を懐いたが、過去に似たような事をしたことがある深雪は、詩奈の内心が手に取るように理解出来た。

 

「泉美ちゃん、香澄ちゃん、今はそっとしておいてあげましょう」

 

「深雪先輩がそう仰るのでしたら」

 

 

 深雪の言う事を基本的に聞き入れるスタンスの泉美はすぐにそう応えたが、香澄は訝しむような視線を深雪に向ける。

 

「司波会長は詩奈が何をしているのか分かるんですか?」

 

「そうね。私も似たような事をした覚えがあるから、きっとそうだと思うわ」

 

「じゃあ詩奈は何をしてるっていうんですか」

 

「見ての通り、神頼みよ」

 

「それはボクだって分かります。詩奈は何でこのタイミングで神頼みを始めたのかって聞いてるんですよ」

 

 

 自分が求めた答えではなかったので、香澄は深雪に対して突っかかるような口調で再び尋ねる。香澄のそんな態度に泉美はムッとした表情で睨んだが、深雪は笑みを崩さずに答えた。

 

「矢車君たちが苦戦してるから、矢車君たちが負けそうだと思ったから、今自分が出来る事をしようって思ったのよ。でも本当は勝敗なんかよりも、矢車君が傷つかないようにって祈ってるのかもしれないわね」

 

「……そういう事ですか」

 

 

 深雪が述べた理由で納得がいった香澄は、口調を大人しくして深雪に頭を下げる。彼女自身も先輩に対する態度ではなかったと分かっていたのと、説明してくれたことに対するお礼の意味を兼ねたお辞儀だと、深雪の方も正確に受け取っていたので、それ以上のやり取りは発生しなかった。

 

「詩奈ちゃんとしては、矢車君が無事なら勝敗はどちらでもいいという事ですか?」

 

「もちろん、勝つに越した事は無いでしょうけども、ここで無理をして怪我を負ってしまったら次につながらないでしょうから、まず最優先は怪我無く試合を終える事なんでしょうね」

 

「深雪先輩も詩奈ちゃんの気持ちが分かると仰られておりましたが、二年前の新人戦の時にそのように思ったのでしょうか? あの時は将輝さんが些かやり過ぎましたけど」

 

「そうね。達也様だから無事で済んだけども、それ以外の方だったら一条さんは殺人を犯した事になるのですから、いい加減私に対して婚約を申し込んでくるのを辞めていただきたいものです。そもそも、お力を封じられた状態の達也様に自身の得意なフィールドで真正面から戦って負けた方が、既に達也様と婚約した私にするような対応ではないのですから。それを一条家の方々は――」

 

「(どうするのさ。司波会長、スイッチ入っちゃったじゃん)」

 

「(私としても想定外です。まさか一昨年の話から将輝さんに対する愚痴に展開するなんて思ってませんでした)」

 

 

 その後暫く深雪は将輝や一条家に対する愚痴をこぼし続けたが、詩奈はその事に意識を取られること無く祈り続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詩奈の祈りが通じたのかは分からないが、侍朗たちは相手の一瞬の隙をついて全滅させ何とか決勝進出を果たし、その時点で一高の新人戦優勝が決定した。それで気が抜けたわけではなく、単純に力の差を見せつけられ、侍朗たちは準優勝で終わった。

 

「お疲れ。決勝は兎も角他の試合は頑張ってたじゃない」

 

「千葉先輩……」

 

「達也のようには行かなかったようだが、十分な結果なんじゃねぇか? 新人戦も優勝したし、本戦で残ってる競技はウチが有利なんだからよ」

 

「西城先輩……」

 

 

 労いに来たのかからかいに来たのか分からない二人の先輩をどうあしらえば良いのかが分からず、侍朗はチームメイトに助けを求めようとしたが――

 

「頑張れよ、矢車」

 

「俺たちは本部に報告に行ってるから」

 

 

――早々にこの場から逃げ去り、侍朗に向けてサムズアップしていった。

 

「あいつら……」

 

「別に何もしないわよ。というか、どうせすぐに詩奈が来るでしょうから、あたしたちも退散するつもりだし」

 

「普通に労いに来ただけなんだから、そこまで身構えなくてもいいだろ」

 

「そんな事言っても、エリカちゃんやレオ君は矢車君から見れば先輩なんだし、萎縮しちゃうのも仕方ないんじゃないかな」

 

 

 二人に付き添うだけのつもりだったが、思わず美月がそうツッコミを入れる。達也や幹比古がこの場にいないので、二人に対してツッコめるのが彼女しかいないというのもあるが、侍朗では二人に対して強く出られないのだ。

 

「美月も言うようになったわね」

 

「そんな事に感心してないで、普通に矢車君に『おめでとう』って言えば良いじゃない。素直じゃないのはエリカちゃんっぽいけど、矢車君はそこまでエリカちゃんとレオ君の為人を知らないんだから、困っちゃうでしょ」

 

「コイツと同じ扱いなのは気に入らないけど、侍朗を困らせに来たわけじゃないしね。それじゃあ、侍朗、お疲れ様。準優勝おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 侍朗はエリカと美月に頭を下げた。エリカに対しては、ねぎらいの言葉に対するお礼で、美月に対してはエリカとレオの悪ノリを止めてくれたお礼である。レオは侍朗の肩を軽く叩いただけだが、それがレオなりのお祝いなのだと、侍朗はしっかりとレオの真意を受け取ったのだった。




この結果は上出来だと言えるでしょう

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