放課後、達也は深雪を引き連れて二年の教室の前まで来ていた。正確にはまだ放課後ではないのだが、達也はとっくに課題を終わらせており、深雪は達也と一緒なら罪を犯すのにも躊躇いを持たないのだ。まぁ授業を早抜けするだけなので、それほど罪になる訳では無いのだが……
一方のあずさは、達也たちが外に居るのに気がついてはいるのだが、真面目な性格が仇となりそわそわしながらも終業の合図を待っていたのだった。
だがその合図と共に達也と深雪が教室に入ってきて、あずさは身動きが取れなくなってしまった。逃げ出すのも変だし、もしかしたら自分が思ってる用件ではないかもしれないと思ってしまうくらい、あずさは優しい性格の持ち主なのだ。
「中条先輩」
達也が声をかけると、あずさはビクッと肩を震わせたが、その事を達也が気にする事は無かった。
今の時代、下級生が教室に入ってきたからといって文句を言う器量の小さい男はいないし、達也はいろいろと有名なので誰もちょっかいを出す事も無かった。だが女子生徒の間では達也人気は高く、話しかけられているあずさを羨ましそうに見つめる視線が何本もあった。
「少しお時間よろしいでしょうか?」
「えっと、私今日は用事が……」
「そうですか、なら後日改めてでも良いですが」
達也があっさり引いたのがあずさには驚きだった。もしかしたらもう少し強引に連れて行かれるかと思っていたのに、少し拍子抜けの気分を味わっていた。
だが達也は引き下がったのだが、深雪が不機嫌になり始めている。あずさと会話してるのに、周りの女子は達也に声をかけようとジリジリと近づいて来ているのが気に入らないのと、あずさに本当は用事など無いのを見抜いているからだ。
「あ、あの……ホントに少しなら大丈夫です」
「そうですか。では五分ほどお時間を頂戴しても?」
「はい……」
達也は表情に出さなかった計画通りに事が進んだ事にほくそ笑んでいた。深雪を連れて来た理由の一つが、あずさは深雪の感情の機微を他の人より敏感に察知出来るからだったのだ。
達也、あずさ、深雪の並びで教室から出て行ったのだが、周りからはその姿は連行されているようにしか見えなかったのだ。
カフェにやって来たあずさは、深雪と二人で席を確保し達也が来るのを待った。達也は今三人分の飲み物を購入しているのだ。
「えっと、司波さん……」
「何でしょう、中条先輩?」
「い、いえ……何でもないです」
深雪の感情の読めないアルカイックスマイルを見て、あずさは視線を下に向けた。
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
深雪と二人っきりの空気に耐えられなかったあずさは、達也がやって来た事に必要以上に反応してしまった。それが深雪の機嫌を悪くする原因だという事を一瞬忘れて……
「早速本題に入りたいのですが……ひょっとして寒いんですか?」
「いえ……何でですか?」
「少し震えてるように見えましたので」
達也に指摘されてから、あずさは自分が震えていた事に気がつく。知らず知らずのうちに深雪の感情を受け取っていたのかもしれない。
「大丈夫です。話を始めて下さい」
「そうですか……では、中条先輩、生徒会長選に立候補してください」
「私には無理です……もっと相応しい人が居ます」
「そうですか」
達也のため息に耐えられず、あずさは視線をさまよわせる。そして再び深雪とバッチリ目が合ってしまった。相変わらずの感情の読めないアルカイックスマイルに飲み込まれる錯覚に陥り、あずさは視線をズラした。達也の方に……
「あうぅ……」
射抜くような視線を向けられて、あずさは視線を下にズラす……すると目の前から達也のため息が聞こえてきた。
「良いんですか? 五年前の悲劇を繰り返す事になっても」
「ッ!?」
「当時の映像は残ってるんでしたっけ? 魔法による負傷……出来れば見たくない光景でしょうね」
あずさは生徒会書記としてその時の映像を見ている。繊細なあずさはその映像を見て吐きそうになったのを思い出した。もし自分が立候補しなかったらその光景を映像では無く生で見る事になるのかもしれないといわれていると理解し、あずさは明らかに動揺した。
「わ、私に如何しろと言うんですか」
「中条先輩が立候補すれば良いんですよ。大丈夫です、先輩なら出来ます」
達也が脅し、深雪が手を差し出す。実にヤクザな方法だが、あずさには効果的だった。
「で、でも私じゃなくても他の人を立候補させれば……」
「中条先輩なら七草会長のやり方を理解してますし、一年間会長の下で勉強してたのは中条先輩と服部先輩です。そして服部先輩は時期会頭に内定してますし、やはり中条先輩が立候補するのが一番なんですよ」
達也があずさの逃げ道を一つずつ潰しにかかる。あずさが次の言い訳を考えてる間に、達也はあずさ説得に用意した最大の飴を取り出す事にした。
「そういえば、再来月発売のFLTの飛行デバイスが、モニター用に二つ手に入りまして」
「えっ! それって飛行魔法を最も効率的に使えるという、あのシルバーの最新モデルですよね!」
ついさっきまで俯いていたあずさだったが、達也の言葉を理解したのと同時に顔を上に向ける。恐怖で青白くなっていた表情も、興奮で少し赤らんできていた。
「まぁモニター用で非売品ですのでシリアルナンバーはありませんが、製品版と変わらぬ効果を発揮してくれるでしょうしね」
あずさの顔には「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい……」と書かれている。達也もその事が分かっていたのでこの話題を出したのだ。
「生徒会長就任のお祝いにと思っていたのですが……」
「本当ですか!!」
勢い良く立ち上がった所為で椅子が大きな音を立てて倒れる。周りから注目を集める形になっているのにも関わらず、あずさは何時ものようにオドオドしたりしなかった。
「ええ。中条先輩には深雪が世話になってますし、これくらいは当然だと思っていますよ」
「出ます! 私、生徒会長選挙に立候補します! 誰が相手だろうと負けません!!」
「では、そのように手続きをしておきますね」
あずさの言質を取った達也は、すぐに真由美に連絡した。あずさはまだ見ぬ敵に向けて臨戦態勢を取っているが、そもそも誰も立候補しないから自分が脅されていた事をすっかり忘れてしまっていた。
「お兄様、計画通りですね」
「人聞きの悪い事を言うな。あれは手段だったが普通にあげるつもりだったんだから」
一学期に約束したシルバーモデルの譲渡は、交渉の道具として使われたが、達也はこの事が無くてもあげるつもりだったのだ。
あーちゃん出馬決定