下馬評を覆す――という結果にはならなかったが、ミラージ・バット決勝は一定以上の盛り上がりを見せた。深雪が一位、ほのかが二位までは順当と言える結果だったが、三位に亜夜子と泉美、愛梨が同点という愛梨にとっては不本意な、下級生二人にとっては善戦したと言える結果になったのだ。
「いや~、見ごたえあったわね~」
「深雪さん、ほのかさんが勝てましたし、泉美さんも同率三位でしたから、一高としては万々歳の結果ですね」
「まぁ、深雪さんが優勝した時点で一高の優勝は決まってたんだけどね」
「しかしこれで明日のモノリス・コードの決勝リーグの盛り上がりが欠けるんじゃねぇか?」
「まぁ、決勝でと目論んでいた一高VS三高が準決勝のカードになっちゃったわけだしね」
もう一つの準決勝は二高VS四高で、達也と互角の勝負を繰り広げた光宣VS将輝・真紅郎の二人を相手に互角以上に戦ってみせた文弥という、むしろそっちの方が注目されそうなカードになったのだ。
選手としては一瞬たりとも気を抜けないカードだが、観客からしてみれば、既に一高が総合優勝を決めているので、消化試合の意味合いが強くなっているのも確かだ。エリカが少しつまらなそうにしているのも、その所為だろう。
「でも達也さんと一条くんや吉祥寺くんとの間には、因縁めいたものがあるんですよね?」
「向こうが勝手に達也くんの事を敵視してるだけよ。達也くんはあの二人の事なんて、何とも思ってないんだから。でしょ?」
エリカに問われ、達也は肩を竦めるだけで何も言わなかった。だがこの場にいる全員が、エリカの考えが正しいと思っている。
そもそも達也には将輝や真紅郎をライバル視する理由が無いのだ。トーラス・シルバーの片割れとして世界中にその名を轟かせているのに加えて、達也がベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバを防いだことも知っているので、それより劣る二人が達也のライバルになりうるわけがないと全員が同じ意見を有している。
「さて、それじゃあ深雪とほのかの為に祝勝会を開きましょうか」
「一応九校戦の日程は明日までなんだから、今からやるのはどうかと思うぜ?」
「じゃあ達也くんとミキの為の前祝も兼ねてって事にすれば問題ないでしょ? どうせ明日はあたしたちは給仕や裏方の仕事でそれどころじゃないだろうし」
「そういえばあったな、そんな設定」
「ちょっと。忘れてるのは良いけど、サボったら宿泊代全部払ってもらうからね」
「サボるつもりはねぇから安心しろ」
エリカの冗談に、レオも気軽に応える。大会期間中はする事が無いとはいえ、本来エリカとレオ、美月は懇親会の手伝いをするという名目でホテルを使わせてもらっているのだ。その仕事をサボれば、当然料金を請求されることになるし、そもそも一般人が泊まる事は出来ない場所なので、色々と面倒事が発生するのだ。
「前祝って、まだ僕たちが優勝したわけじゃないのに」
「達也くんがいるのに負けるわけ無いじゃないの。ついでにミキもいるわけだし」
「僕の名前は幹比古だ! というか、僕たちはついでなんだね」
「だって、どう考えても達也くんが主役でしょ? それとも、ミキは自分が主役だと思ってるの?」
「いや、思ってないけど……でも、おまけという表現を素直に受け入れるのはどうかと思ってね」
「まぁたしかに、幹比古や七宝も十分活躍してるわけだし、おまけってわけじゃないよな」
「アンタが参加してたとしても、精々肉の壁だったでしょうけども」
「うっせぇ! というか、お前その表現好きだな」
過去にも同じことを言われた事があるレオは、その事を指摘する。
「だって、アンタの為にあるような言葉じゃない」
「確かにレオは普通の魔法師より頑丈だし、得意魔法がね」
「まぁ否定はしねぇがよ……人に言われるとなんだかムッとなるんだよな」
「受け入れる方が変だと思うよ?」
この中で唯一エリカの表現に疑問を懐いた美月がそういうと、達也以外の視線が彼女に刺さった。
「な、なに?」
「いや、美月も付き合いが長いのにまだレオの事を庇うんだなって思って」
「俺としてはありがたいんだが、俺自身が認めてるんだし庇ってくれなくていいんだがな」
「レオ君が認めてるのは私も分かってるけど、レオ君は壁じゃないでしょ? 一昨年の試合だって、レオ君がいなければ危なかった場面は少なくなかったんだし」
「そう言ってくれるのは嬉しいぜ。ぶっちゃけ俺らがいなくても達也なら勝てただろうけども、チーム戦だったからな。数合わせ以上は期待されてなかったとはいえ、無様に負けるのは性に合わないからな」
「というか、レオは生身で圧縮空気弾を防いだわけだし、ある意味達也より凄い戦果だと思うけど」
「ミキはもうちょっと鍛えた方がいいんじゃない? そんな貧弱じゃ、いざという時美月を守れないかもしれないし」
「ちょっ! エリカちゃん……」
「そもそもそんな危ないところに柴田さんを連れていくつもりは無いし、万が一そんな状況に陥ったとしたら、何としてでも柴田さんを守るさ!」
「あら~、ご馳走様」
幹比古の宣言に美月は顔を真っ赤にし、エリカはニタニタと笑いながら幹比古をからかい始めたのだった。
レオ=肉の壁って考え方も可哀想な気もしないでもない……