九月も月末週に入り、いよいよ秋らしい感じが漂い始めた。週末に控えた生徒会長選挙にむけて、あずさは何度も原稿を読み直している。このまま行けば信任投票なのだが、報酬の先渡しで責任感が生まれているのだろう。達也の狙い通り、あずさはこのまま選挙当日まで緊張感を保ってくれる事だろう。
「といっても、全然盛り上がらないのも問題よね~」
「立候補が中条一人じゃ、盛り上がるわけないだろ」
「むしろ興味は会長の一科生縛り撤廃に向けた演説なのでは?」
「そうだな。校内で真由美の案を潰そうとしてる連中が居るのは知ってるが、どれもこれも上手く行って無さそうだしな」
摩利も真由美の演説には興味があるようで、面白がってるのを隠そうともしない表情で真由美を見た。
「十文字君も賛成してくれてるし、摩利だって賛成なんでしょ? だったらどれだけ頑張っても私の案を潰せないわよ。むしろ潰させないわ」
「一番手っ取り早いのは、真由美を攻撃して討論会に参加させない事だが、この学校にこの女を狙うようなバカは居ないだろうしな」
「ひど~い! こんな可愛い女の子掴まえてこの女呼ばわりなんて。達也君も酷いと思わない?」
「そうですね……確かに会長は美少女ですからね。念のため一人にならないほうが良いのではないでしょうか」
「そ、そうかしら?」
達也が珍しく捻らなくストレートで褒めてきたので、真由美は本気で照れている。本人は大人の余裕で受け流そうと思ってたのだろうが、彼女はそこまで大人ではなかったようだ。
一方深雪は達也が真由美を褒めた事で不機嫌になりかけたが、達也には何か考えがあるのだろうと思いなおし、何とか不機嫌にならずに済んだのだった。
「何か掴んでいるのか?」
「掴んでいるのならこんな事言いませんよ。むしろ何も分からないから言ったんですよ」
「だが達也君、この女に魔法で敵う輩がこの学校に存在するか? 十師族の直系だぞ」
「魔法で駄目なら他の手段で……などと考える輩も居るでしょうし、先ほども言いましたが会長は美少女ですからね。外部から力のある人を連れてきて強引に……なんて事もありえるかもしれませんし」
達也があげた可能性に、生徒会室に居る全員の背筋が凍った。そんな可能性まで考えている達也に恐ろしさを感じ、もし自分がそんな立場になったらと思ったのだろう。
「しかし、司波君の考えすぎと言う事もありえますよね」
「もちろん、杞憂であればそれが一番なんですけどね」
達也に視線を向けられ、鈴音は咄嗟に視線を逸らした。今の達也の視線は鈴音でも耐えられないほどの鋭さを帯びていたからだ。
「そろそろ教室に戻ります」
時計を確認して達也は生徒会室から教室へと戻る。もちろん深雪も達也に従って生徒会室を辞した。
「達也君、ちょっと良いか?」
生徒会室を出てすぐ、摩利から呼び止められた。呼び止められたのは達也だけなのだが、達也と同時に深雪も振り返った。
「委員長、どうかしたのですか?」
「ちょっと相談したい事があってな。今から本部に来てくれないか? 司波も一緒に」
摩利が深雪に何かを頼むのは珍しいと、達也と深雪は顔を見合わせてそう思っていた。基本的に摩利が何かを頼むのは達也一人だ。
「本部にですか?」
「ああ。出来れば今すぐ来てもらいたいんだが、時間は大丈夫か?」
「私は問題ありません」
午後の授業は座学なので、深雪はサボっても何も問題無い。いや、無い訳ではないのだろうが、深雪には達也という家庭教師が居るのでついていけなくなるという心配は無いのだろう。
「達也君は?」
「……大丈夫です」
一方の達也は午後は実技なので出来るだけ時間を無駄にしたく無いのだが、摩利の真剣な表情から断るのは不可能だと理解し、それならば出来るだけ早く話を済ませようと考えたのだった。
「じゃあ悪いがついて来てくれ」
摩利を先頭に、達也と深雪は風紀委員会本部へと歩を進める。風紀委員会本部に入ってすぐに目に付いたのは、机の上に散らかり放題の書類の束だった。
「委員長、先日片付けたばかりだと記憶してるのですが?」
「ま、まぁそれは置いておいてだな……」
達也から非難するような視線を向けられ、摩利は気まずそうに視線を逸らした。達也はため息を吐き机の上の書類を整理していく。
「さっきも言ったが、真由美の案を潰そうとしてる輩が居る。だが活動が上手く行ってないようなのだ。だから直接的な手段に出るかもしれないと散々注意してるのだが、アイツは下校になると周りに誰も近寄らせないのだ。学校に居る間は私や市原が守ってやれるが、どうしても下校になるとな……だから君たち兄妹に頼みたいんだが、アイツと一緒に帰ってくれないだろうか?」
「それは駅までと言う事ですか? それとも自宅まで送れという意味でしょうか?」
「出来れば自宅まで送ってやってもらいたいのだが、さっきから言うようにアイツは一人で帰りたがるんだ」
「十師族の直系だからでは?」
達也の何となくの相槌に、摩利は思いつかなかったと言わんばかりの表情で達也を見つめた。
「そういうものなのか?」
「さぁ? 俺は十師族ではありませんし、本当の理由は会長に聞くのが一番だと思いますよ」
「いや多分達也君の考えで正解だろう……そうか、それが理由だったのか」
一人納得してる摩利を眺めながら、深雪は複雑な表情を浮かべていた。確かに達也は十師族の一員として認められてないのだが、その事を深雪も当主の真夜も面白く思って無いのだ。
「ところで委員長、俺たちに頼むのでは無く、ご自身が会長とご一緒するのは駄目なんですかね?」
「いや、だからその……アイツって妙なところで勘が良いだろ? だから私が誘っても駄目な気がするんだ! そうだ、決して誘っても断られるのが嫌な訳じゃないからな!」
「そうですか」
摩利の自爆にも達也は無反応だったのだが、深雪は笑いを堪えるのに結構苦労していた。使用可能な猫の皮では押さえきれないくらいの衝撃だったので、深雪の肩は小刻みに震えていたのだが、慌てふためいている摩利にはその事に気付ける余裕は無かったのだ。
「では用件は終わったようなので俺はこれで。一応種類毎にまとめておいたので、後で目を通しておいてくださいね。今日までのもいくつかあったので」
「何ッ!? 市原に怒られずに済んだな……」
前に期限が過ぎても提出しなかったと鈴音に怒られた事のある摩利は、ホッと胸を撫で下ろしながら期限ギリギリの書類に目を通し始めた。授業は良いのだろうかと深雪は思っていたのだが、達也が何も言わなかったので、深雪も黙っていたのだった。
達也に頼むのなら自分で一緒に帰れば良いのにホント……