達也が決勝に進んだことを受けて、文弥は心の中で達也に拍手を送る。いくら周りにそれ程人がいないとはいえ、この後戦うかもしれない相手に拍手を送ったなんて言われたら、チームワークにヒビが入る恐れがあるのだ。
「達也さん、勝ったわね」
「姉さん……一応四高の控室なんだし、達也兄さんの事を言うのは控えた方がいいよ」
「あら。文弥は無関係だって事になってるけど、私は達也さんの婚約者の一人ですもの。あんまり派手に喜べないけど、この程度なら許容範囲よ」
「そうだったね」
自分たちと達也との関係をひた隠しにする事に集中し過ぎていた文弥は、亜夜子の立場を改めて教えられ納得してしまう。再従妹としてでなく、婚約者として喜ぶ分には、何も問題はない。その事を失念していた自分に気付き、文弥は苦笑した。
「試合前で余裕が無かったかもしれない」
「どうしたの?」
「いや、姉さんの立場なら、達也兄さんの結果を喜んでもおかしくないって事を失念していたからさ。僕が手放しに喜ぶのはマズいけども、姉さんなら言い訳が出来るんだったって」
自分たちの素性は、まだ隠しているので、文弥は亜夜子の関係は都合が良いなと感じた。もし自分が喜んでいたらどうなるかは、想像するまでもない。
「とにかく、次に勝てば僕は達也兄さんと戦う事になる。この状況は僕にとっては嬉しくないけど、達也兄さんが勝った事は喜ばしい事だよ」
「達也さんがあの程度の相手に負けるなんて思ってないでしょ?」
「まぁね。幾ら一条のプリンスでも、達也兄さんに勝てる高校生がいるとは思えない。そもそも僕にも負けてるわけだしね」
「純粋な魔法勝負なら、文弥が勝てた相手とは思えないけど?」
「あっ、酷いな姉さん。僕だって勝てたなんて言い切らないけど、無様に負けなかったとは思うけど?」
「諦めかけてたくせに」
自分の言葉が文弥を負けさせなかったと理解しているので、亜夜子の表情は明るい。文弥も亜夜子の言葉が無かったら諦めていたと思っているので、素直に両手を挙げて降参の意思を示す。
「とにかく、次は九島家の光宣くんが相手なのだから、何時までもお喋りに興じてる暇はないんじゃなくて?」
「話に来た姉さんに言われたくないよ。僕だって、油断したまま勝てる相手だなんて思ってない。下手をすれば達也兄さんと同じくらいの魔法師なわけだし」
あくまでも同じくらいであって、達也と同じだとは思っていない。それが油断ではないかと思う人もいるかもしれないが、亜夜子は文弥が油断しているなど一切思わない。彼の眼差しを見れば、文弥が光宣を下に見ていないという事は分かるのだ。
「ちゃんと応援してあげるから、無様に負けないようにね。たとえ関係ないという事になっているとはいえ、貴方は達也さんの従弟なんだから」
「分かってるよ。僕が無様に負ければ、達也兄さんにも深雪さんにも申し訳ないもん」
気合を入れ直し、文弥は席を外していたチームメイトと合流するために控室を出る。その背中を見送ってから、亜夜子も四高の輪に戻る事にしたのだった。
怪我らしい怪我をしていなかったので、達也たち三人はそのままもう一つの準決勝が行われる会場に向かった。途中深雪の心配そうな視線を受けた達也だったが、視線で問題ないと伝え、とりあえず深雪を落ち着かせることに成功したのだった。
「二高VS四高か……入学当初の自分の考えでは、この二校はさほど強敵ではないと思っていたので、いかに自分の考えが浅はかだったかを思い知らされます」
「四高には黒羽文弥君、ニ高には九島光宣君がいるから、かなりの強敵となり得る可能性はあったけど、去年の九校戦前まではそれ程注目されていなかったしね。そもそも光宣君は身体が弱く、九校戦には出られないって言われてたし」
琢磨をフォローするような幹比古の言葉に、達也も頷いて同意を示す。文弥はそれなりに活躍するだろうとは思っていたが、まさか光宣が参加するようになるとは達也も思っていなかったのだ。
「文弥君といえば、達也の婚約者の一人でもある黒羽亜夜子さんの弟だよね? 達也は彼の事、詳しいのかい?」
事情を知っていてなおそんな事を聞いてくる幹比古に、達也は感情の窺い知れない視線を向ける。それがどういう意味なのか分からない琢磨は、達也が怒っているのではないかと焦ったが、幹比古の表情は明るい。
「対戦相手になる可能性がある相手の事は調べているが、詳しいと言える程は知らないな。これは愛梨たちもそうだが、一高にいるといっても一高生ではないのだから、情報を流す事はしていない」
「そうだね。そんなことすれば、達也が怒るって分かってるだろうしね」
「別に怒りはしないがな」
達也の雰囲気が何時も通りに戻り、琢磨は全身に込めていた力を抜いてホッと一息吐いた。その事を自覚した琢磨は、自分が必要以上に緊張していたことに気付き苦笑する。
「(この人は今味方なんだ。必要以上に恐れる事はないのに、なんだったんだろう、あの緊張感は……)」
さっき感じた威圧感が気のせいだったのではないかと思える程、今の達也は普段通りだ。琢磨はもう一度息を吐いて、観戦する事に集中するのだった。
琢磨がビクビクし過ぎなような気も……