文弥の戦い方をしっかりと考察していたお陰か、光宣は文弥の攻撃を受ける事無く戦えている。とはいっても、こちらの攻撃も文弥には当たっていないので、戦況はあまり有利とはいえない状況である。
さすがに達也を相手にしている時よりかは楽に戦えているのだが、恐らくは向こうも同じことを考えているのだろうと、光宣は今の状況を冷静に分析していた。
「(四葉分家の一つ、黒羽家の次期当主にして達也さんの再従弟……普段は双子の姉のフォローがあって行動しているとはいえ、個人の能力も侮れない……)」
九島家の情報網とは別の情報源から文弥のデータを得た光宣は、目の前にいる文弥の事をより深く観察するために眼を凝らした。
「(どう見たって僕の方が上だと言えるのに、何故僕は彼を攻めきれないんだ……四葉家には実力を隠す技術が備わっているとでもいうのだろうか)」
自分の体調が万全ではないとはいえ、その程度で負けるような実力差ではないと光宣は思っている。それが慢心ではなく集めた情報から導き出した答えだと信じているのだが、それが慢心と言えなくもない。実際彼の中にいるもう一人の人物はそう警告しているのだが、光宣はその警告を受け容れない。
「(僕は達也さんにだって負けていない。チームとしては負けたかもしれないけど、個人として負けたわけじゃないんだ。あのまま続けていれば僕にだって勝機があったはずだ)」
お互い得意の魔法を封じ込められている中での戦いなら、自分の方が有利だと光宣は考えていた。実際達也は自分の攻撃を撃ち落とすだけで、攻撃性の魔法はあまり使っていなかったのだから、光宣がそう思ってしまっても仕方がないのかもしれない。
だが達也は攻撃出来なかったのではなくしなかっただけなのだ。達也には何としても光宣を倒そうという気持ちはなく、自分が光宣を引きつけておけば、必ず二人がモノリスを攻略するだろうという思いがあったのだ。実際光宣は達也の思惑通り達也だけに集中し、視野狭窄を起こしチームメイトが倒された事に気付くのが遅れた。その所為で幹比古たちにモノリスを攻略されたのだ。
「(チームとしても個人としても、この試合は負ける要素が少ない。なのになぜ僕はこんなにも焦っているのだろう)」
冷静さを心掛けているというのに、気持ちはどんどん急いていく。そんな状況に光宣は焦りを覚え、攻撃が単調になりつつあった。その事に気付き光宣は、一度意識を文弥からフィールド全体に移す。
「(向こうも拮抗状態、特段どちらが不利というわけでもない。こちらも互いに攻撃を当てていないから、拮抗状態と言えなくはない……どこにも焦る要素など無いじゃないか……)」
文弥の魔法『ダイレクト・ペイン』は精神に痛みを覚えさせる魔法だと知っているので、光宣は文弥の事を下に見つつも侮ったりはしていない。むしろ最大限の注意を払ってこの戦いに挑んでいるといってもいい。
「(ここで負けたら、無理を聞いてくれたお祖父さまに申し訳が立たない……三位じゃ意味がないんだ)」
既に達也たち一高の総合優勝が決まっており、モノリス・コードも一高が圧倒的有利な状況だ。一度達也たち一高に敗れている身としては、何としてもこの試合に勝利し、もう一度一高に挑戦したいと光宣は思っている。その為にはこの試合は負けられない。そんな思いが自分を焦らせているのだと、光宣は気づく事が出来なかった。
観客席から観ても、この試合はハイレベルなものだと幹比古は感じていた。ただ単に光宣や文弥の魔法が強力だというだけでなく、互いに戦術を凝らして戦いに挑んでいるのを感じ取ったからだ。
彼の隣で観戦しているエリカやレオもその事に気付いているようで、ある意味呑気に観戦しているのは美月だけだと言える。この場にはいないが達也も同じことを考えているのだろうと、幹比古は頼もしいチームメイトの顔を思い浮かべて笑みを浮かべる。
「どうかしたんですか?」
「いや、僕一人だったら勝てなかったかもしれないなって思ってね」
急に笑みを浮かべた自分を心配そうに見上げる彼女に、幹比古は先程とは違う笑みを浮かべて安心させる。その表情を見て美月がどんな反応を見せるかなど考えずに。
「あらあら、お熱い事で。観客たちの熱気に負けないくらい、美月の顔が熱を帯びてるみたいじゃない」
「え、エリカちゃん……」
「というか、僕は達也たちと観戦するつもりだったのに、どうしてエリカは僕をこっちに引っ張ってきたんだ」
「そんなの決まってんじゃん。美月がミキと一緒にいたいって思ってるだろうな~ってあたしが思ったからよ。達也くんと違って、ミキは美月としか付き合ってないんだから」
聞きようによっては達也が不埒者だと聞こえなくもないが、エリカにそんな意図はないし、幹比古もそこは誤解しない。だがエリカの言葉の所為で冷静な判断を下せなくなるくらいには動揺しているようで、口をパクパクさせるだけで何も言い返してこなかった。
「相変わらずワリィ女だな」
「アンタは黙ってなさい」
呆れた顔でツッコミを入れてきたレオの脛を蹴り上げ、エリカは興味を失ったように試合に集中し始めたが、周りの三人は試合どころではなくなってしまったのだった。
文弥も実力者ですから