光宣が焦っているなど考えもしていない文弥は、攻めきれない自分の不甲斐なさを反省していた。達也と互角にやり合っていた相手を、自分程度が倒せるなど思っていなかったのだが、もう少しまともな足止めが出来ると思っていたので、悔しさがこみあげてきたのだ。
「(向こうは危なげなく攻撃を躱しているというのに、こっちは毎回必死になって躱さなければ当たってしまうなんてな……達也兄さんと一緒で、全力を出し切ってないだろうにこの差とは……同年代のトップはやはり彼なんだろう)」
達也との間には一年の差があり、そもそも争うだけ無駄だと思わせるほどの実力差があるのでそんな事は考えなかったのだが、今対峙している相手は同い年。負けたくないと思ってしまっても仕方がない。
「(先輩たちも攻め手に欠けているようだし、この試合、僕か彼が脱落した方が一気に負けてしまう……そしてその可能性は僕の方が高い……)」
一瞬でも他所に気を取られた状態で攻められたら、防ぎ切る自信が無い文弥は、最大級の警戒を以て光宣に向き合う。向こうも何か別の事に気を取られていたようだが、既に意識の全てを自分に向けてきていると文弥は感じた。
「(向こうは片手間でも十分だったのに、全神経を僕に向けてきた……これは僕の全力を以てしても攻撃を捌ききれるか分からなくなったな……)」
四高としては、決勝リーグに進めただけでもお祭り騒ぎだったので、例えここで文弥が負けたとしても誰も彼の事を責めたりはしないだろう。だが文弥は、一度でいいから達也と戦ってみたいと思っていた。立場上達也と戦場で対峙する事はあり得ないし、万が一そんな状況になったとしても、達也と戦おうなどと思わない。思うだけ無駄だと知っているので、この機会を逃せば一生あり得ないと文弥は思っているのだ。
「(僕なんて達也兄さんと対峙しても一分もつかもたないかだろうし……というか、一瞬で消し去られるだろうな)」
達也の本当の魔法を封じられている今なら、一分くらいは抗う事が出来るかもしれないと、文弥は心のどこかでそう思っている。もちろん、勝てるなどという考えは最初から持っていないので、いかに無様に見えないかを考える程度だ。
「(その達也兄さんと戦う為にも、この試合は落とせない。先輩たちはもう十分だと思っているかもしれないけど、僕はまだ十分じゃない。彼を倒して達也兄さんと戦ってみたい)」
その思いだけで光宣の攻撃を捌き、その隙にダイレクト・ペインを叩き込む文弥。手数は圧倒的に少ないが、一撃でも喰らわせれば自分の方が有利に立てるという事は彼自身も分かっているので、そこに対する焦りは一切ないと言える。むしろ焦っているのは光宣の方だとさえ文弥には感じられていた。
「(何をそんなに焦っているのかは僕には分からないし、分かる必要もない。ただ重要なのは、向こうの攻撃が雑になってきている事だ。もちろん、当たればそれなりのダメージを負うだろうし、一回当たってしまえばそれ以降の回避行動に影響が出る事には変わりはない。だけど、こっちが攻撃を仕掛ける回数が増えてきているのも事実なんだ。僕が焦らずにいれば、いずれこの勝負は終わる)」
達也の殺気を遠目とはいえ感じたことがあるからなのか、文弥は光宣の攻撃に曝されながらも冷静な判断を下せる。そんな自分の冷静さに驚きつつも、文弥は来る時をジッと待つのだった。
見た目には光宣が攻勢という状況なのだが、深雪は光宣が焦りを覚え単調な攻撃を繰り返しているように感じていた。そしてその考えが正しいのかどうかを尋ねる相手がすぐ隣にいる。
「達也様、光宣君ですが、何か焦っているように思えるのですが」
「そうだね。試合前のデータからここまで苦戦すると思っていなかったのか、文弥に対して攻撃を当てられない自分を不甲斐なく思っているのかは分からないが、光宣の攻撃に焦りが見え始めている」
「どういう事でしょう?」
光宣の攻撃に焦りが見え始めている事は水波も感じていたようだが、何故そうなったのかは分からなかったようで、彼女は達也と深雪の顔を交互に見ながら尋ねる。
「表向き普通の家の出という事になっている文弥と、九島家の一員である光宣。試合前の評価は二高の圧勝だと言われていたし、光宣も心の何処かで楽が出来ると思っていたのかもしれない。だが実際に対峙してみて、警戒に値する相手と評価が変わり、油断していた分焦りだしたのかもしれない、という事だ。実際に光宣が何を思って焦ったのかは知りようがないが、さっきから攻撃が単調になっているのは水波も分かるだろう?」
「はい。光宣様の攻撃がパターン化され始めているのは感じていましたが、文弥様の事を過小評価していたという考えはなかったので不思議に感じていました。ですが、達也さまの説明を受けて、納得出来ました」
「このままですと、決勝は達也様と文弥君の試合になりますね」
「モノリス・コードは個人戦じゃないぞ」
達也のズレたツッコミに、水波はどう反応して良いのか悩んだが、深雪の意識は達也に向けられており、自分がどんな反応を見せたとしても咎められる事はないと思い、ため息を吐いて呆れた思いを全て自分の中から追いやったのだった。
水波もやっぱり達也側……