劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真面目に戦え……


意識の先

 状況は徐々にではあるが文弥有利に傾き始めている。光宣にもその事は分かっているが、ここから互角に戻すだけの気力は残っていなかった。

 

「(まさかここまでとはな……あの達也さんの従弟だって分かっていたのに油断してた僕にも原因はあるんだけども、彼の次の試合にかけている気持ちを読み切れなかったのかもしれないな)」

 

 

 この試合に勝てば、次は達也と戦う事になる。既に一戦交えた自分と、まだ達也と戦っていない文弥とのモチベーションの差もこの結果に繋がっているのではないか、光宣はそう考える。

 実際に文弥は一度でいいから達也と戦ってみたいと思っている。だがこの瞬間はその事を考えずに、目の前の光宣を倒す事だけに集中していた。余計な事を考える余裕が無かったといえばそれまでなのだが、試合に集中していた分文弥の方が冷静にこの試合を分析出来ているのだ。

 

「(僕の身体がこの大会中無事だったのが奇跡みたいなものなんだし、準決勝まで進めた事を喜ぶとしよう。あとは、この大会中に水波さんを治した方法が分かれば満足だったんだけどな)」

 

 

 達也がどのような方法で水波の『怪我』を治したのかがずっと気になっている光宣は、何度か水波の全てを視ようとして、許可なくそんな事をしたら水波に軽蔑されるのではないかと踏みとどまっている。

 

「(達也さんか水波さんのどちらかに直接聞けばいいんだろうけども、四葉家の秘術とかだったら教えてもらえないだろうしな……)」

 

 

 既に勝ちを諦めているので、光宣の意識は完全に試合から水波に移っていた。それでも文弥の攻撃を受けていないのは、それだけ二人の実力に差があるからなのだが、光宣はもう自分が勝てないと思い込んでいる。だから攻撃の手数も減り、視線も文弥にはむけていない。

 一方の文弥は、明らかに向こうの戦意が喪失されていると理解しながらも攻めきれない自分にやきもきしている。

 

「(達也兄さんと見た目上互角に戦った相手を追い詰めているのにこの体たらく……姉さんに怒られるかもしれないな……)」

 

 

 このままいけば間違いなく自分たちが勝つ。その事は分かっているのだが、未だに攻めきれない状況を亜夜子がなんていうだろうと、文弥は内心で苦笑する。表情を表に出せるだけの余裕がないのだ。

 

「(なんかもう、僕の事には興味が無さそうなんだよな……いったい何を考えているんだろう)」

 

 

 光宣の興味がこの試合から別の事に移っている事は文弥も理解している。だが何を気にしだしたのかが分からないので、自分を油断させるための演技ではないかと疑い、文弥は強く出られないのだった。

 

「(達也兄さんなら、向こうが何を考えているのかもわかるんだろうな……)」

 

 

 自分と達也を比べても仕方がないと思いながらも、達也なら出来るだろうと思ってしまい、文弥は自分の実力不足を再認識しため息を吐きたくなってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文弥の気持ちが遠くからでも理解出来た亜夜子は、文弥が余計な事を考えている事に呆れ、四高の集団から少し離れてため息を吐いた。

 

「まったく文弥は……昔から達也さんに憧れているのに、心のどこかで達也さんに勝ってみたいって思ってるなんて……お父様の影響かしら」

 

 

 亜夜子は、魔法師『黒羽亜夜子』としての核を作ってくれた達也と戦ってみたいなどとは思わない。達也がいなかったら自分の扱いはもっと酷くなっていたと思っているからである。だが文弥は達也に魔法を習ったわけでも、達也がいなかったとしても今の立場が変わっていたわけでもない。そして性別的な考え方の違いもあるのだろうと、亜夜子は文弥の気持ちをそう捉えている。

 

「貴方が全力を出したところで勝てる相手じゃないって分かってるでしょうに……それでも戦ってみたいって思えるのね」

 

 

 戦わずにして負けを認める事が出来ないのだろうと、文弥の気持ちをそう解釈している亜夜子。自分には理解出来ないが、その事を否定する事もしてこなかったのだが、心のどこかで達也と戦う事なんてありえないと思っていたのかもしれない。

 

「黒羽家が達也さんと対立する事はあっても、私たちは達也さんと対立する事なんてありえない。そう思っていたのかもしれないわね」

 

 

 父親は達也の事を頑なに認めようとしていなかった。実際今も認めてはいないのだが、表立って達也の事を悪く言う事はしていない。達也の悪口を言えば、それは当然真夜にも伝わるだろう。息子を溺愛している真夜にそんな事を聞かれれば、最悪黒羽家おとり潰しくらいしそうな雰囲気すらある。

 

「そもそも、達也さんの事を悪く言えば、私や文弥にも文句を言われると分かっているのでしょう。昔から私たちの前で達也さんの事を悪くいう事は少なかったですし」

 

 

 態度では示していても、直接口に出していなかったなと思い、それが精一杯の譲歩だったのだろうと、今更ながらに貢の配慮に気づく。四葉家の人間としては貢の方が正しかったのかもしれないが、結局は達也が次期当主に決まり、達也を四葉家から排除する事は不可能になってしまったのだから、間違っていたのは向こうだと亜夜子は思うようにしている。

 

「とにかく今は、弟の無事を祈ってあげましょう。この試合は貴方にとって負けられない試合なのでしょうしね」

 

 

 自分の気持ちが通じたのかは分からないが、文弥の目から迷いが消えたように亜夜子には見えた。そしてそのまま文弥が光宣を押し切り、均衡が破れ一気に四高が勝利したのだった。




敵を見ているようで見ていない二人……

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