決勝の相手が四高に決まり、琢磨は先ほどまで全くしていなかった緊張を自覚し、不安そうな表情を浮かべる。いくら達也と幹比古が優秀な魔法師だとはいえ、相手は自分と同学年でありながら試合をコントロールしてきたのだ。自分の力が劣っていると思ってしまっても仕方がないだろう。
「十師族の次期当主の俺が、一介の魔法師に劣っている……そんな事が許されるわけがない」
実際まだ一介の魔法師だと思われていた達也が、十師族次期当主である将輝を真正面から倒してしまった所為で、克人が十師族の力を見せつけるような戦い方を強いられたのだ。そんな事情は琢磨は知らないが、克人が本来の戦い方をしなかった理由は想像がついていたのだ。
「もし俺があの黒羽文弥に負けるような事があれば、司波先輩たちだけでなく親父にも迷惑をかける事になるんだろうな……せっかく十師族になったというのに、俺の所為で次の師族会議で外される、なんてことになったら……」
明らかに考え過ぎなのだが、琢磨は自分の考えを否定出来ない。師族会議の内容を聞かされていないという理由もあるのだが、文弥が四葉家の縁者だという事を知らないからでもある。
「七宝、そろそろ移動するぞ」
「あっ、はい」
三位決定戦があるので出番はまだ先なのだが、何時までもこの場に留まっているわけにもいかないので、琢磨は達也の声に弾かれるように立ち上がり、控室へと向かう。そんな琢磨の後ろ姿を見て、達也は肩を竦めた。
「達也、今七宝君とすれ違ったんだけど、なんだか彼、緊張してなかった?」
「大方余計な事を考え過ぎて周りを見る余裕が無くなっているんだろう」
「余計な事?」
幹比古に問われ、達也は琢磨が考えていたであろう事を話し、もう一度肩を竦めた。
「――と、そんなところだろう」
「あぁ……彼は達也と黒羽君の関係を知らなかったのか……そりゃ、意識しちゃっても仕方がないかもね」
達也の推測を聞き終え、幹比古は琢磨に同情する。もし自分が琢磨と同じ立場で、文弥の事を知らされていなかったらどうなるか想像したのだろうと、達也は幹比古の表情からそう感じ取った。
「別に十師族の力を見せつける必要など無いと思うんだがな。そもそも、文弥は一条に勝っているんだから、七宝が悩んでいる事は無意味な事だ」
「そうはいってもね……というか、達也の中で一条くんは随分と下に位置してるんだね」
「そういうわけではないが、同じ十師族次期当主というなら、アイツの事を考えるのが普通なんじゃないかと思っただけだ」
「一応彼も戦略級魔法師なんだし、次期当主として考えられなかったのかもしれないよ? それだけあの魔法が与えた衝撃は強かったんだし」
将輝が使った魔法も、裏で達也が創ったという事を何となく察しているので、幹比古は手放しで将輝を称えたりはしない。そして真紅郎の事を同様にだ。
「さすがに九校戦で戦略級魔法を使うなんてありえないわけだし、戦略級魔法師として認識する必要は無いだろ」
「そうだけどさ……やっぱり達也と僕たちとでは考え方に違いが出ちゃうんだよ」
幹比古はあえて言わなかったが、達也には正確に伝わっていた。幹比古たちと『戦略級魔法師』である自分とでは考え方が違っても仕方がないと。
「そもそも、君といたお陰で、戦略級魔法師という言葉にもそれ程驚かなくなっちゃったけどね……リーナだけじゃなく、ベゾブラゾフ博士とも対立するとは」
「俺の方から喧嘩を売ったわけじゃないさ。向こうが勝手に人を巻き込もうとして、その結果俺が撃退しなければいけなくなっただけで」
「物は言いようだね。何処かの誰かさんが朝鮮半島の形を変えたから、そんな事になったんじゃないかって噂されてるのに」
「さて、いったい誰の事だか」
表向き『灼熱のハロウィン』を引き起こした戦略級魔法師は不明という事になっているので、幹比古も具体的な事は言わず、達也もあからさまな反応はせずに聞き流した。
「とにかく、七宝君の緊張は解いてあげた方がいいだろう」
「そうだな。任せた」
「何で僕が? 同じ立場である達也が言ってあげればいいじゃないか」
「俺が言ったところで、あいつの緊張が解せるとは思えん。幹比古が言った方がいいだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
達也が言っても琢磨は受け入れないだろうという事は幹比古にも理解出来る。達也の事を否定しているからではなく、達也の実力を知っているからだ。
「というか、達也と黒羽君の関係を教えてあげれば、あんな緊張しなくても良かったんじゃないのかい?」
「少し調べればわかる事を、わざわざ教えてやる理由はない。情報収集不足は七宝の落ち度だ。こちらがフォローする理由にはならない」
「相変わらず他人には興味がないんだね……まぁ、達也が言っている事も正しいんだけど、もう少し普通の魔法師の考え方も理解しておいた方がいいと思うけど?」
「なんでも俺一人でやるわけじゃない。出来ない事をしようとしても時間の無駄だろ」
「そうだね……」
達也の考え方を変える事など自分には出来ないと分かっていたのに、と言いたげな幹比古の姿を見て、達也はもう一度肩を竦めたのだった。
責任感は強いんですが、気負い過ぎですね