劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女もいろいろと考えさせられる結果だったんでしょう


愛梨の決意

 真由美たちのやり取りなど露知らず、達也は巳焼島に向かう準備を済ませエアカーに荷物を積み込み、新居を後にしようとしたが、近づいてくる気配に気づきそちらに顔を向ける。

 

「達也くん、この度は祖父をはじめ大人たちが多大なるご迷惑をおかけしました」

 

「響子さんが謝る事ではありませんし、九校戦期間中は中佐たちは何もしてきてないじゃないですか」

 

「国防軍の方は現在進行で達也くんの事をどうにかしようとしています。私一人で止められないというのは分かっていますが、達也くんの婚約者の一人として、二十八家の関係者として謝罪すべきだと思いましたので」

 

「謝罪を受け容れます。ですので、これ以上自分で背負い込まないようにしてください」

 

 

 そう淡々と告げて、達也はエレカーにエンジンを入れ巳焼島へ向かってしまった。取り残された形になった響子は、ただただエレカーの姿を見送り、その姿が見えなくなって漸くため息を吐いた。

 

「達也くんが許してくれるって分かってたのに、これで良かったのかと思ってしまう自分が情けないわね……」

 

 

 響子が自分で言ったように、自分一人で止められるはずもないのだ。自分に出来る事は、達也に情報を流し、対策を練らせる事くらい。達也なら一人でも対処出来るかもしれないが、自分にそのような力はない事を響子はしっかりと理解し、自分に出来る事をちゃんとしようとしているのだ。

 

「真由美さんたちが巳焼島へ乗り込もうとしてたけど、そんな事をしてもね……」

 

 

 自分にも真由美の気持ちは理解出来る。だがそんな事をしても達也の邪魔にしかならないと響子は弁えているので、達也の運転するエアカーに乗り込もうなどしなかったのだ。

 無論、そんな事をしても達也に追い出されるだけだろうと響子は理解している。達也に逆らえば文字通り「消される」可能性だってあるのだから。

 

「あら、響子さんではありませんか。このような時間にこのような場所で何をしているのでしょう?」

 

「愛梨さん……達也くんが巳焼島へ向かう前に、一言謝罪をしておこうと思っただけよ」

 

「達也様へ謝罪、ですか……? 響子さんが達也様へ謝るような事がございましたでしょうか?」

 

「私個人が何かしたというわけではないわ。ただ祖父をはじめとする周りの人間が、達也くんの計画を著しく妨害しているのは愛梨さんも気付いているでしょ? 九島の縁者として、国防軍の人間としてのけじめ、という感じかしら」

 

 

 愛梨は響子の言葉に何も言えなくなる。彼女が悪いわけではないと頭では理解しているが、達也の妨害をしている側の人間という思いが心のどこかにあるのだろうと、愛梨は自分の感情をそう分析した。

 一方の響子も、愛梨が何も言ってこないことに不満は覚えない。もし自分が愛梨の立場なら、少なからず自分の事を憎むだろうと分かっているからだ。

 

「それで、愛梨さんはこんな時間にどうかしたの?」

 

「九校戦も終わり、少しゆっくりする時間が出来ましたので、一度この屋敷の周辺を見て回ろうかと思いまして」

 

「今から?」

 

「この時間ならではの事があるかもしれませんし、香蓮さんたちが疲れて部屋で寝ている今こそ、ゆっくりと散策が出来るものですわ」

 

「一人で考えたい事があるのね」

 

「なっ……そ、そのような事ございませんわ」

 

 

 響子に心の裡を見透かされたような気がして、愛梨は必要以上に大声で反論する。愛梨が動揺した事に一切の驚きを覚えなかった響子は、何時もの笑みを浮かべて屋敷内へ戻っていった。

 

「わ、私としたことが、あのような事で動揺してしまうなんて……」

 

 

 自分が動揺した事を反省しつつ、愛梨は相手が響子では仕方がないと思っていた。自分と彼女とではくぐってきた修羅場の数も違うし、そもそもの人生経験が違い過ぎるのだと。

 

「名門藤林家の令嬢にして、九島老師のお孫さん……かけられてきたプレッシャーをはねのけてきたあの人ならば、私を動揺させるのくらいお手の物でしょうし、達也様が一目置かれているお人ですものね」

 

 

 同じ婚約者でも、達也が響子に向けている感情は違っていると愛梨は思っている。恋愛感情ではないが、彼女の事は信頼している、そう思わせるような雰囲気が達也と響子の間に存在しているのだ。

 

「お付き合いされているお時間の差だと思いたいですが、私が達也様にあそこまで信頼されるでしょうか……」

 

 

 今回の九校戦の結果も散々だったし、そのような自分を達也が重宝してくれるはずがないと愛梨は思い込んでしまう。世間一般で言えば十分な戦果ではあるのだが、二十八家の人間としてみれば大したことではない。その事が愛梨の考えを蝕んでいるのだ。

 

「司波深雪は相変わらずの戦果ですし、同じ婚約者であるほのかさん、雫さんは十分な結果を残しているというのに……達也様が調整してくださったCADを使っていたという事を差し引いても、私はまだまだ修行が足りませんわ」

 

 

 リベンジの機会は無いが、愛梨は三人に向けて静かに闘志を燃やし、精進していこうと心に決め屋敷周辺の散策を始める。そんな彼女の決意を、響子は二階の窓から見ていたのだが、愛梨はその事に気付かなかったのだった。




将輝たちよりかは前向きな考えだと思う

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