劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりに自販機で当たった


リーナの気持ち

 九校戦期間中は達也の顔を直接見る事が出来なかったリーナは、彼が暫く巳焼島に滞在すると聞き浮かれていた。遊びに来るわけではないと彼女も理解しているし、この研究が魔法師のあり方を変える重大なものだという事も理解しているが、彼女も人の子。婚約者に会えると思い浮かれているのだ。

 

「リーナ、少し落ち着いては如何ですか? 達也さんは貴女に会いに来るわけでも、遊びに来るわけでもないのですから」

 

「そのくらい分かってるわよ。でもミア。私はこの二週間達也と話してないの。直接顔も見てないの。浮かれるなと言われてもそれは無理よ。そのくらい私は達也の事を愛してるの。ミアだって、久しぶりに達也に会えると思って軽く化粧してるじゃないの」

 

「さ、最低限の身だしなみです! 私はリーナ程浮かれてませんし、達也さんの邪魔をしようだなんて思ってませんから」

 

「私だって達也の邪魔をしようだなんて思ってないわよ。達也がしようとしてる事の重大さは理解してるし、達也がいなければ完成しないという事も理解してるつもりよ」

 

 

 リーナは今の状況を善とは思っていない。魔法師とそうじゃない人間が分け隔てなく生活する事の難しさは理解している。人間は基本的に自分たちとは違うものに畏怖を懐く生き物であり、魔法師が本気になれば魔法師でない人間を滅ぼす事も可能なのだ。

 そして魔法師の中でも、自分や達也はさらに特殊なポジションであるが故に、リーナは達也が目指す未来を本気で望んでいるのだ。

 

「私や達也が戦略級魔法師で、本気になれば一人で世界を滅ぼせるだけの戦力を有しているのは分かってるわ。でも私や達也だって年相応な生活をしてみたいって思ったって良いじゃないの。やりたくもないスターズ総隊長なんてやらされてたんだから、少しくらい好きな人に甘えたって」

 

「その好きな人が、魔法師のあり方を変えるお人でなければ、私だってここまで厳しくいったりしません。リーナには幸せになってもらいたいと思っているのですから」

 

「ミア……」

 

 

 自分が過去に同胞殺し――軍を裏切ったり脱走した兵士を暗殺してきた事を知ってなお、ミアは自分の幸せを願ってくれている。その事がリーナには嬉しかった。いくら規律を守る為だと自分に言い聞かせてきたといっても、自分がしてきたのは殺人だ。人を殺めておいて自分が幸せになって良いのだろうか――十七歳の少女が背負うには重すぎるものを、リーナは背負ってきたのだ。

 

「達也さんも多くの人を殺めてきた事でしょう。ですが彼はその事に押しつぶされたりはしていません」

 

「私の精神が未熟だと言いたいの?」

 

「そうではありません。リーナが普通だと私も思います。達也さんはいろいろと特殊なお人です。ですから、リーナが達也さんとゆっくりしたいという思いも理解出来ますが、彼の邪魔をするようならば私も容赦しない、と言いたいのです」

 

「……深雪や雫たちが一緒にいられたのに、私はのけ者にされてたのよ? 少しくらい甘えたって――」

 

「遊んでたわけじゃない事は、リーナだって分かってますよね?」

 

「でも! 私が我慢してる間も、深雪たちは達也と話したりしてたわけでしょ? だったら私だって少しくらい話しても良いじゃない」

 

「では、達也さんがお時間を作れるというのであれば、私はリーナを止めません。ですが、達也さんはここに遊びに来るわけではない、という事だけは覚えておいてください」

 

 

 最後にもう一度釘を刺して、ミアは自室へと戻っていく。その後姿を見送り、リーナは視線を地面に向けため息を吐いた。

 

「私だって分かってるわよ……達也が私以上に魔法師の今の状況に納得していないって事くらい。達也が私以上に大勢の人を殺めたという事くらい……」

 

 

 リーナは達也の感覚が信じられなかった。達也が戦略級魔法師だと知った時、自分と同じ気持ちを懐いているに違いないと思ったが、彼は人を殺めた事を何とも思っていなかったのだ。

 達也にとって深雪以外の人間が何十人、何百人死のうが関係ない。それは今でも変わっていないとリーナは思っている。たとえ婚約者を人質に取ったとしても、深雪以外は効果はないだろうし、深雪を人質にすればその人間は跡形もなく消え去るだろう。そう確信できるくらいには、リーナは達也の事を理解していた。

 

「人として壊れている、か……達也も上手い事言うものね」

 

 

 前に一度だけ、どうすれば自分を責めずにいられるのか尋ねた事があるリーナは、その時達也から言われた答えを思い出し、苦笑いを浮かべた。

 

「いっその事私も、人として壊れれば楽でいられたのかな……ターゲットは人ではなく、ただの獲物だって割り切れば、罪悪感も薄れたのかな……」

 

 

 裏切者と言われ、軍司令部に言われるがままその相手を粛正してきた自分が、今ではUSNA軍から追われる脱走兵扱いだという事を思い出し、先ほどとは違う苦笑をする。

 

「達也なら、この気持ちを分かってくれるかしら……いえ、達也なら悩むことなく済ませるでしょうね」

 

 

 自分が同情してもらいたいなんて思うはずがないと自分の心を騙し、リーナは達也が到着するまでずっと水平線を眺めるのだった。




リーナは軍人としては失格ですから……

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