劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりにあのキャラが……


それぞれの思考

 日付けが変わる頃、達也はリビングで考え事をしていた。

 

「お兄様、何かお飲みになりますか?」

 

「いやいい。大丈夫だ」

 

「何か気になる事でも?」

 

 

 達也の隣に座り、深雪は兄が何を考えてるのかを知りたがった。もちろんその事は達也にも伝わり、少し躊躇ってから達也は深雪に考えていた事を教える。

 

「七草先輩のボディーガードの事をちょっとね」

 

「名倉さんと仰ってましたね」

 

「ああ。あの格好と『名倉』という苗字が気になってな」

 

「……お兄様は名倉さんが数字落ち(エクストラ)だと思ってるのですか?」

 

「その可能性があると思ってるくらいだ。四葉以外に別の苗字を名乗らせる風習が無ければの話だがな」

 

 

 話題に上がった数字落ち――エクストラナンバーを略してエクストラ、数字を剥奪されたものを指す言葉で、十師族や師補十八家の人間は知ってるが、百家の人間では知ってるのはごく一部の魔法師界の闇なのだ。

 

「しかし十師族の七草家の令嬢のボディーガードを数字落ちに任せるものでしょうか?」

 

「先輩が『七草』だからあえて数字落ちの人間にボディーガードを任せてるのかもしれない。体面を気にかける七草は、数字落ちを差別しないというアピールという可能性もあるからな」

 

「そうですか。ですが、あの名倉さんは相当な手練だとお見受けしましたが」

 

「だからボディーガードを任されたんだろう。いくら跡取りでは無いとはいえ大事な娘なんだろうからな」

 

 

 達也と深雪がしんみりとしたところで、タイミングよく端末が震えだした。

 

「誰だこんな時間に……」

 

『達也殿、夜分に申し訳無い』

 

「葉山さん? 何かありましたか?」

 

『真夜様がどうしてもと』

 

「……分かりました」

 

 

 深雪から少し距離を取り、達也は葉山に問題無いと告げた。電話越しとはいえ真夜と話すのは久しぶりだと、達也は身構えるのだった。

 

『たっくん久しぶりー! 最近は全然会いに来てくれないよねー』

 

「仕方ないじゃないですか。俺は叔母上に簡単に会える立場の人間では無いのですから。それで、こんな時間にただ声が聞きたかっただけな訳ありませんよね?」

 

『たっくんが気にしてる名倉三郎の事でね』

 

「……何故その事を知ってるのです? 名倉三郎と会ったのは今日……いえ、日付けが変わってるので昨日ですが」

 

『それくらい把握してるわよ~。愛しのたっくんの事だもん!』

 

 

 真夜の言葉に、達也は呆れたようにため息を漏らした。

 

「深雪の監視の人に聞いたんですよね? 彼は恐らく数字落ちだと俺が疑ってるのを知ってるのはその報告を受けたから」

 

『やっぱりわかっちゃうんだね~。さすがたっくんだよ。その通りあの名倉三郎は『七倉三郎』だった魔法師よ』

 

「彼が七草の令嬢のボディーガードをしてるのは七草の体面を気にしての事ですよね」

 

『そうよ。あのタヌキ親父の考えそうな事でしょ?』

 

「……俺は七草の御当主にあった事はありませんが」

 

 

 電話越しで楽しそうに笑っている真夜にお礼の言葉を言い通信を切る。疑問が解決したので、達也は深雪を部屋に戻るように言い自分も部屋に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の悩み事が解決した時間から少し遡り午後十時。七草邸では真由美がお風呂に浸かりながら考え事をしていた。

 

「(結局身長は中学で止まっちゃったな)」

 

 

 手足の長さと比べて自分の身長は小さいと真由美は思っていた。エステなどに行ってもそう言われるし、ブティックでも言われる事なので、いい加減真由美も自覚しているのだ。

 

「(妹二人も同じような身長だし、これは遺伝よね)」

 

 

 小さい身体に平均的な胸。見た目も悪く無いと思ってるし、自分でも結構いけてる方だと自覚していた真由美だが、最近はその自信が揺らぎ始めている。

 

「(あんな子が存在するなんて思ってもみなかったわ……)」

 

 

 真由美の中で、その対象の姿が思い出される。

 

「(彼女は本当に人間なのかしら……)」

 

 

 彼女という言葉は「司波深雪」に変換される。彼女の身体は実に左右対称なのだ。内臓が左右対称ではないので、本当はそんな風にならないはずなのだが、魔法師は普通の人間よりも左右対称になりやすい。その中でも彼女は実に左右対称な身体つきをしているのだ。

 そして何より折れそうくらいに細い手足、不健康に見えないギリギリの細さのウエスト、自分よりも綺麗な胸に誰もが眩むほどの顔、絶世の美少女と表現されるのも理解出来ると、同性の真由美も思っている。

 

「(あんな子が妹にいたら、普通の女の子に何か興味ないんだろうな)」

 

 

 真由美の中で彼女の兄の事が思いだされた。

 

「(彼は本当に彼女と血が繋がってるのかしら)」

 

 

 真由美の中で、彼という言葉は「司波達也」に変換された。彼の見た目は決して悪く無い。だが彼女と並ぶとやはり見劣りしてしまう。だがその中身は決して見劣りするものでは無い。むしろ妹よりも兄の方が凄いのではないかと思わせるくらいの実績を真由美の前で見せているのだ。

 彼の魔法師ランクは、高く見積もってもCランク。だが実際に魔法が使われている状況で見るならばAランク魔法師も凌ぐ実力を秘めているのだ。

 

「(達也君、名倉さんの事気付いてた……)」

 

 

 達也には言わなかったが、名倉に会わせたのは真由美の中でのテストだったのだ。『名倉』という苗字と服装で気がつくかのテスト。達也に全神経を集中していた真由美は、達也が一瞬だけ動揺したのを見逃さなかった。達也は『名倉』が数字落ちである事に気がついていた。

 つまり彼は自分や十文字のように魔法師の闇を知る人物だと真由美は理解したのだ。

 

「(達也君は名も無い一般家庭の子じゃ無い。司波……シバ……四波……もしかして達也君も数字落ちの家系?)」

 

 

 だが真由美が知る限り『四波』と言う数字付きの家は無かったのだ。

 

「(字が違うのかな……バ……波……葉……四葉?)」

 

 

 自分の考えに寒気を覚え、真由美は湯船に深く浸かる。外から来る寒気では無いと分かってるけども、何とかして身体を温めようともがいているのだ。

 

「(四葉な訳無いわよね。だってもしそうならば苗字を隠す意味が分からないし、そもそも達也君が四葉なら深雪さんだって……)」

 

 

 そこまで考えて真由美は自分の考えを否定する材料を探し出す。深雪の干渉力の強さは十師族の直系といわれれば納得出来るし、サイオン保有量も同じだ。そして達也……彼が使う『術式解体』は並のサイオン保有量では扱えない。それこそ十師族の直系である真由美でも……

 

「(まさか……まさかまさかまさか!)」

 

 

 否定材料を探したのに、出てくるのは自分の考えを裏付けるものばかり。真由美は頭を振り自分の考えを頭の中から追い出す。

 

「お姉ちゃん! 何時まで入ってるんだよ!」

 

「お姉さま、のぼせたのですか?」

 

「だ、大丈夫よ。すぐにあがるわ」

 

 

 妹二人に言われ、自分が長い間風呂に入っていたのだと自覚した。

 

「(まさかね……)」

 

 

 今の考えはのぼせて思考が正常に働かなかったからだと自分に言い聞かせ、真由美は風呂からあがるのだった。




真由美が思わぬかたちで真相に辿り着いてしまった……

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