五十里たちと合流した三人は、そのままリビングに向かう事にした。五十里と花音のIDももちろん用意してあるので、紗耶香は二人にIDを渡し終えた。ちなみにIDを着けずに門を通ろうとすれば、セキュリティが発動し地下にある牢屋のような部屋に落され、四葉家の息のかかった魔法師から訊問を受ける事になるのだ。
「これが個人宅だって、未だに信じられないのよね」
「まぁ、司波君の家の事を考えれば不思議ではないと思うし、彼の現状を考えればこれだけのセキュリティも必要だと思うよ」
「天下のトーラス・シルバーの家だもんね。見せられない資料や機材が置いてあっても不思議ではないわね」
「司波君が重要なものを無造作に置いているとは思えないけどね。あっ、これつまらないものだけどみんなで食べて」
五十里が持ってきた手土産を紗耶香に差し出す。それを見て自分たちはなにも持ってきていない事に気づいたあずさと服部は、その手土産からそっと視線を逸らした。
「わざわざ持って行かなくても良いんじゃないって言ったんだけどね。啓ったら『それは失礼だから』って聞かなくて」
「だって、せっかく招いてくれたんだから、それ相応の対応は必要だと思うじゃないか」
「でもさ。司波君たちはいないんだし、壬生さんだって気にしちゃうじゃない?」
「まぁ、達也くんには五十里君から貰ったって言っておくから良いけど、本当に気にしなくてもよかったのに」
五十里からの手土産を受け取った紗耶香も、少し苦笑している。そもそも手土産など気にしたのが五十里だけなので、紗耶香もそこまで大袈裟に考えていなかったのだろう。
「まぁとにかく座って。お茶くらいなら用意するわよ」
「あっ、あたしも手伝う」
紗耶香と一緒にキッチンに消えていった花音を見送り、五十里は少し恥ずかし気に笑みを浮かべて服部とあずさに視線を向ける。
「同じ大学に通ってるけど、二人とはあまり会わなかったね」
「お前の隣には常に千代田がいたからな。見かけても声はかけなかったんだ」
「そうだったんだ。僕としては声をかけてくれた方が嬉しいんだけど……相変わらず同性の友人が出来なくて困ってるんだ」
「まぁあの千代田が常に隣にいたら、どうやって声をかけて良いか悩むだろうしな」
「花音の気持ちも分からないわけじゃないんだけどさ」
今まで我慢していたことを我慢しなくて良くなったのだから、多少箍が外れても仕方がないと五十里も思っているのだが、些か外れすぎなのではないかと不安にも感じている。
「事情を知ってる人間ばかりではないからな……」
「でも、千代田さんはかなり幸せそうだよね」
「うん、だから僕も強く言えないんだよね」
少し困っている風にも見えるが、幸せそうな表情をしている五十里を見て、服部とあずさは笑みを浮かべる。
「おっ、服部に五十里、それに中条じゃねぇか。久しぶりだな」
「桐原……何で風呂上りなんだ?」
「さっきまで身体を動かして汗をかいたからな。壬生に許可を取ってシャワーを借りたんだ。今沢木も浴びてるところだぜ」
「汗臭い男と同じ部屋にいたくなかったのよ」
「三十野さん、お久しぶり」
「久しぶりね、中条さん」
ちょうどリビングに戻ってきた桐原・三十野カップルと他愛ない話をしていると、キッチンから紗耶香と花音、シャワー室から沢木が戻ってきた。
「これで全員集合だね」
「これだけ広いリビングなら、多少騒いでも問題ないだろうしな」
「正確にはリビングじゃないんだけどね。ここは共有スペースで、雑談したり一緒に勉強したりできる場所なの」
「凄い家だな。さすがは司波君と言ったところか」
「相変わらずズレているんだな、沢木は……いや、分かっていた事だが」
「半年程度でこいつが変わるかよ……」
「あはは……」
沢木のズレた感想に服部と桐原が呆れ、五十里は乾いた笑いを零す。だが当の本人は気にした様子もなく、この場所から見える全てを見ようと辺りを見回していた。
「しかし司波君が選手として参加するのなら、何とか都合をつけて直に観たかったな」
「仕方ねぇだろ。今日は休みだが、明日からはまた演習なんだから」
「防衛大学は相変わらず夏休みも忙しそうだな」
「でも渡辺先輩は現地に行ってるんだよね? 二年生はそれ程忙しくないの?」
「まぁあの人もいろいろあるのよね。千葉家に嫁入りするために、こき使われることが増えてるみたいだし」
「あたしはそんな心配なく、五十里家に嫁入り出来るけどね」
「花音……慣れてる人たちだからって、人前で抱き着くのは止そうよ……」
「私たちもしてみる、武明君?」
「ぶっ!? お、お前普段でもそんな呼び方しねぇだろうが!」
花音たちのラブラブっぷりに中てられたのかは分からないが、三十野が桐原にそう提案し、桐原は飲んでいたお茶を吹き出す。その反応に満足がいったのか、三十野は桐原からモニターに視線を向ける。
「ちょうど司波さんの出番ね」
「まぁ、彼女なら問題なく予選突破するだろうけどね」
「司波さん個人でも十分だけど、彼女の担当エンジニアは司波君だしね」
後輩の出番が近づいたということで、八人はそれぞれ向けていた場所からモニターに視線を移し、試合開始の合図を固唾を飲んで待つのだった。
毎回桐原の名前を忘れる……