そろそろお開きの時間という事で、紗耶香以外のメンバーは荷物をまとめ始める。IDは門を抜けた後で返さなければセキュリティが作動する可能性があるので、ここで返す事はしなかった。
「明日からまた演習か……覚悟していたとはいえ面倒だな」
「なら桐原君はサボるのね? 先生たちに怒られても知らないわよ」
「誰がサボるなんて言ったんだよ! というか、お前は相変わらず人をからかって楽しんでるな」
「だって、桐原君はからかい甲斐があるんだもん」
「あのな……」
同棲カップルのやり取りを見て、服部は呆れた様子を隠そうともしない視線を向け、あずさは少し恥ずかしそうに二人から視線を逸らす。
「やっぱり司波君の試合は観たいな……彼の出番は九日目と十日目だったよな」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
「いや、確かその日は訓練が休みのはずだから、観ようと思えば何とかなるなと思っただけだ」
「そういえばそうだったな。それじゃあまた集まって観戦するか?」
「別に構わないが、このIDは一回しか使えないんじゃないのか?」
「また司波に発行してもらいば良い話だろ? 壬生、頼めるか?」
「それは構わないけど、試合当日に発行してもらうのは達也さんの邪魔になると思う。だから前日までに来られる人は私に連絡しておいてね。達也さんに二日分のIDを発行してもらうから」
「いっその事お泊り会にしちゃえばいいんじゃない? 客間とかあるんでしょ?」
「うん、それは有るけど……」
花音の提案に、紗耶香は微妙な表情を浮かべる。現状この屋敷で生活しているのは紗耶香と小春の二人。だから小春の許可さえ得られれば問題は無いのだが、せっかく静かに過ごせると思っている小春が快く許してくれるかが気がかりなのだ。
「まぁ泊まる泊まらないは置いておくとして、このメンバー全員が集まるのならここしかないからな……」
「そうだね。さすがに魔法大学のカフェで観戦するわけにもいかないし」
「魔法大学に通ってるメンバーだけじゃないしね」
「とにかく、後で平河先輩に話して、大丈夫なら連絡するね」
紗耶香の言葉に全員が頷き、全員で駅に向かい歩き出す。一人残された紗耶香は、少し寂しさを覚えながらも小春と交渉すべく室内に戻るのだった。
小春から許可が出たと連絡がきて、全員が再び集まる日を楽しみにしていたかは分からないが、あっという間に一週間が経とうとしていた。追加の連絡で達也から宿泊の許可も出たと知らされ、花音からどうするか相談を持ち掛けられたあずさは、一人で考えるのは限界になり服部に相談を持ち掛けた。
「――というわけなんだけど、服部君はどう思う?」
「司波が許可してくれているなら、泊まりたいヤツは泊ればいいんじゃないか?」
「でもさすがに同じ部屋は駄目だと思うんだよね。幾ら婚約者で同棲してるとはいえ、別々の部屋に泊まるべきだと思うんだけど」
「その辺りは中条に同意するが、千代田が周りからの忠告を受け容れるとは思えない。去年の九校戦の時だって、表向きは千代田と司波さん、五十里と司波が同部屋という事になっていたが、実際は千代田が頼み込んで司波さんと五十里の部屋を交換したらしいからな」
「私が聞いた話じゃ、深雪さんが千代田さんにお願いしたって内容だったけど」
「……とにかく、千代田が五十里と同じ部屋で過ごしていたのは公然の秘密状態だったからな。部屋を別々にしたところで乗り込むのがオチだろう。とりあえずその辺はスルーしておいた方が精神的に良いとは思うが」
「そうかもしれないけど、さすがに人の家でそういう事をするのは駄目じゃないかな」
「……さすがにそこは分別を持ってるとは思うが」
服部が呆れてるのを感じ取り、あずさは慌てて何か取り繕うとして、自分が何を考えていたのかを知られた恥ずかしさから逃げ出したくなっていた。
「とにかく、中条が心配しているような事にはならないだろうから、その辺りは安心して良いとは思う」
「そ、そうだね……それじゃあ、お泊りしたい人は泊り、帰りたい人は帰ればいいね」
「まぁ、わざわざ通う手間が省けるなら、泊まれるのはありがたい事だと思うが。前にチラッと見ただけだが、あの家の施設はかなりのものだからな」
「うん……私の家なんかよりよっぽど居心地が良かったよ」
「比べる必要は無いとは思うが、一般家庭と比べればそりゃ居心地は良いだろう。何せ十師族四葉家の所有している建物だからな」
「四葉家っていろいろな噂があるけど、司波君や深雪さんを見ているとあんまり怯えなくても良いんじゃないかって思えてくるよね」
「そうだな……」
あずさは達也と話す時に少しビクビクするのだが、達也の方が気を使って距離を保って話しかけるから怯えずに済んでいるのだ。その事を知っている服部とすれば、あずさが無条件で怯えなくて済んでいるわけではないというツッコミを入れたくなったのだろうが、野暮な事は言わずにその話題を切り上げた。
「それじゃあ明日、また駅の前で良いかな?」
「一緒に行くのか? もう場所は分かるが」
「そ、そうだね……」
何故一緒に行くのが当たり前だと思ってしまったのか、あずさはその事を深く考える事はしなかった。
いや、花音ならありえるのか……?