劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1748 / 2283
そう思ってしまうのも仕方ない


言葉の罠

 前回と同じように服部と待ち合わせをして個型電車で達也たちの新居にやってきたあずさは、その道中一言も発する事は無かった。前回はそれ程気にならなかったのだが、今回は無性に服部の事を意識してしまっているのだ。

 その原因として考えられるのは、今回はあずさも服部も一泊する事になっているのでそれなりの荷物を持っているからだ。同室というわけではないのだが、その事を意識してしまい下手に話しかけると上ずってしまうのではないかと心配し、話しかけないという選択をしたのだ。

 服部の方もあずさが何かを気にしているという事には気付いているので、彼の方からあずさに話しかけるような事はせず、無言で歩を進めている。

 

「いらっしゃい、中条さん。服部君も」

 

「あぁ、世話になる」

 

「別に私の家ってわけじゃないんだけどね」

 

「だが壬生はここで生活してるんだろ? いくら四葉家が用意したとはいえ、お前はここの住人だ。挨拶をするのは当然だと思うが」

 

「相変わらず真面目ね。桐原君なんて普通に入ってきたわよ」

 

「アイツらしいな」

 

 

 紗耶香の言葉に苦笑いを浮かべ、服部は室内に向かう。その横であずさが恥ずかしそうに視線を彷徨わせているのが気になったが、それを指摘して弄るような性格の悪さを紗耶香は持ち合わせていない。

 

「中条さんも、荷物を部屋においてきたら? まだ時間はあるとはいえ、今日は達也さんの試合と深雪さんたちの試合が午前中からあるんだし」

 

「そ、そうだね……ところで、部屋割りってどうなってるんですか?」

 

 

 同級生相手に丁寧語になってしまっているがもともとあずさは丁寧語で話す事が多いので、そこは指摘しなかった。だが何故そんな事を気にしたのかは気になってしまったようで、紗耶香は首を傾げながら尋ねた。

 

「普通に客間を使ってもらう事になってるけど、何か希望でもあった?」

 

「ううん、そんな事ないです」

 

「そう? とりあえず服部君は一階の奥から二番目の部屋ね。中条さんは二階の手前から三番目の客間にしてあるから。鍵はこのIDでかけられるけど、使わなくても大丈夫だとは思うけど」

 

「男女で階層が分かれてるんだね」

 

「当然でしょ? あっ、客間は向こうの階段から行けるから。こっちの階段を上っても客間じゃないから」

 

「当たり前のように言ってるが、凄い屋敷だな……」

 

 

 普通に階段を上がろうとしていたあずさが足を止め、紗耶香の案内で客間に続く階段を上る。その姿を見送って服部も自分に割り当てられた部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋で荷物の整理をしてから共用スペースに降りてきたあずさは、既に寛いでいる桐原と三十野、そして沢木に声をかけた。

 

「一週間ぶり」

 

「中条さん、お久しぶり」

 

「? 三人とも、少し疲れてない?」

 

「今朝も早朝訓練があったからな。最後の最後に一番厳しいメニューを持ってくるあたり、あの教官はやっぱドSだよな」

 

「そんな事言ってるけど、ちょっと嬉しそうにしてなかったかしら?」

 

「してねぇからな!」

 

「そういうわけで俺たちは少し疲れている。だが中条が気にするほどではないから気にするな」

 

 

 桐原と三十野のやり取りをすべて無視したような沢木のセリフに、あずさはどう返事をすれば良いのか悩んだ。だが彼女の背後からやってきた服部が呆れたのを隠そうともしない視線を沢木に向けていたので、彼の興味は服部に向けられた。

 

「何か言いたげだな、服部」

 

「お前にもそうだが、桐原と三十野にも少し言いたい事があるが、言ったところで意味がないから黙っているだけだ」

 

「言いたい事があるなら言えばいいだろ? 遠慮するような仲でもないのだから」

 

「こちらが我慢すればいいだけだから気にしなくていい。ところで、五十里と千代田はまだ来ていないのか?」

 

「あの二人なら部屋にいると思うぜ? 一応壬生が別々の部屋を用意したんだけど、千代田が一緒の部屋がいいとごねて、司波がそういう可能性を考えていたお陰で同室になったから、今頃仲良くやってるんじゃねぇか?」

 

 

 桐原の意味ありげなセリフに、あずさは顔を真っ赤にする。桐原は別に深い意味など無く普通に思った事を言っただけなのだが、男女が同室で仲良くやっていると言われて、深読みしない程あずさも純情ではない。この中で言葉通りに受け取ったのは沢木くらいだろう。

 

「桐原、下種の勘繰りは止めろ」

 

「別にそんな事思ってねぇぜ? それより、服部は何を以て『下種の勘繰り』だと思ったんだ?」

 

「そのしてやったりって表情が気に喰わない」

 

 

 よく見れば桐原の隣で三十野の同じような表情をしているので、服部は舌打ちを堪えられなくなってしまい、二人から視線を逸らせた。そんな服部の横では、あずさが顔を真っ赤にしながら二人から視線を逸らしていた。

 

「お待たせ。紅茶で――何かあったの?」

 

 

 キッチンでお茶の用意をしていた紗耶香が共用スペースにやってくると、苛立っている服部と顔を真っ赤にしているあずさを見て首を傾げた。

 

「よく分からんが、桐原が二人をからかって遊んでただけだ」

 

「……何をしたのよ」

 

「別に、何もしてないぜ?」

 

 

 紗耶香の責めるような視線を素知らぬ顔で退け、桐原は口笛を吹く。桐原の態度に服部はますます苛立ち、あずさはこの場から逃げ出したい衝動に駆られるのだった。




珍しく桐原にやられる服部

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。