達也と光宣の試合を観て、服部たち男子は言葉を失っていた。五十里以外の三人は、もし自分がこの試合に混じって参加しろと言われたらどうするか考えていて、五十里は光宣の使用しているＣＡＤが高度にチューンナップされている事に驚いているのだ。
「凄かったね、今の試合。もしかしたら、三高との試合よりも盛り上がっちゃったんじゃないかな」
「そうね。確かに司波君と一条君は十師族の次期当主同時で、話題性に富んでいたけど、二十八家の直系である九島君でも話題にはなるものね」
「学年が違うから仕方ないのかもしれませんが、九島君の実力はかなりのものです。ＣＡＤもしっかりと調整しているようですし、吉田君や七宝君が相手をしていたら結果は違ったでしょうね」
あずさから見て、幹比古も七宝も十分な実力を有していると思えるほどの後輩だが、その二人では光宣は止められないと思えた。それだけ光宣の実力が高いのと同時に、光宣から何としても達也を倒すという気概が感じ取れたからだ。
「この結果、一高は予選リーグを一位で突破。さっき四高に負けた三高と明日、準決勝を戦う事になったわね」
「決勝カードで予想されていた組み合わせが準決勝か……今年の九校戦はハイレベルだな」
「まぁ、運営側が目論んでいたカードが前倒しで行われるんだから、それはそれで良いんじゃない？ この後のミラージ・バットで誰かが三位以上に入れば総合優勝も決まるわけだし、明日の試合は盛り上がりに欠ける可能性だってあるんだし」
達也の作戦、達也が調整したＣＡＤのお陰か、一高は本戦前半と新人戦で総合優勝に必要な点数を稼いでている。最終日を待たずに総合優勝を決めるのは、一昨年の九校戦以来だが、その時とは比べ物にならないくらいの圧勝で終わる可能性があるので、一高関係者は最終日まで盛り上がるだろう。だが他校の関係者はそうはいかない。ただでさえ達也が参加する事に否定的だったのだから、そこまで圧倒されたら面白くも無いだろう。
「司波君は一高の生徒なんだから、参加してもいいはずなのにね」
「文句を言いたくなるのも分からなくはないけどね。味方だったから気にならなかったけど、一観客としての立場からすれば、これだけの力の差を観たら文句を言いたくなる気持ちも分かる」
「選手から不満が出ているのではなく、エンジニアからだしね」
同じエンジニアとして活躍していた五十里も、達也の実力に嫉妬し、参加を禁ずるべきだと言っている人の気持ちは理解出来ていた。だが達也は別に、参加資格を満たしていないわけでも、規定違反をしているわけでもないので、運営側がその判断を下すわけがないとも分かっている。だから彼はこんなにも穏やかな表情でいられるのかもしれないと、花音は婚約者の顔を見て勝手にそう解釈したのだった。
ミラージ・バット決勝は、深雪が優勝、ほのかが二位、泉美が同率三位という、ある意味一高選手が表彰台を独占した形で幕を下ろした。
「いやー、司波さんは兎も角として、光井さんも泉美さんも凄かったね」
「一色さんと同率ですものね……」
「ここにきてモチベーションが保ててなかったのかな？ 一色さんの実力からすれば、光井さんは兎も角泉美さんには勝てたと思うんだけど」
「あれだけの力の差を目の前で見せつけられたんだし、少しくらいモチベーションが落ちてしまっても仕方がないとは思うけど、確かに一色さんの実力からすれば、この結果は不本意だろうね」
達也もそうだが、深雪も味方だったからあまり脅威に感じていなかった花音たちは、改めて深雪の凄さに気づかされていた。テレビ越しでもこれだけ感じるのだから、実際に側で戦っていた愛梨がそれを感じ取らないわけがない。その所為で実力を発揮出来なかったのではないかと推察した。
「ＣＡＤの差もあるんだと思うよ。司波さんと光井さんが使っていたＣＡＤは司波君が調整したものだし、七草さんが使っていたのだって、司波君が指導していたエンジニアが調整したものだ。それなりのレベルのエンジニアでは太刀打ち出来ないだろう」
「でも、三高にだって高レベルのエンジニアがいるはずでしょ？ いくら司波君が指導していたからって、彼本人じゃないんだから何とか出来るんじゃないの？」
「何とか出来なかったから、この結果なんだろ。しかし普通ならミラージ・バットの選手を同時に担当するなど厳しいはずなのに、司波はいとも簡単にやってのけているからな……」
「一昨年は深雪さんが本戦に周ったから何とかなったのかもしれないけど、元々司波君は新人戦の三人を担当するはずだったんだし、二人なら大丈夫なんじゃないかな」
「中条ならどうだ？」
服部に問われ、あずさはすぐに首を左右に振る。あずさの技量なら二人同時でもなんとかなるのかもしれないが、精神的に耐えられないと思ったのだ。
「私は一人に集中した方が安心出来る。それに、無理を強いてまで私に担当してもらいたいって言ってくる選手なんていないよ」
「中条さんの調整も、かなりのものだと思うけどね」
五十里の言葉に、あずさは少し照れくさそうに視線を逸らす。ただそれだけの事なのに、あずさは花音から鋭い視線を向けられ、別の意味で二人から視線を逸らす羽目になってしまったのだった。
あずさも凄いんだけど目立たないんだよな……