劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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高校生ならそれくらい普通だと思うんだけどな……


恥ずかしい思い出

 再び自意識過剰な思いを懐き、水波は軽く頭を振った。彼女は底なし沼に足を取られる前に、別の事を考えようとした。しかしその結果、新たな底なし沼に突っ込んでいく事になった。

 

『僕は君を死なせたくない! 君から魔法を取り上げたくもない! 頼む、僕と同じになってくれ!』

 

 

 光宣の叫びが、水波の耳の奥で蘇る。セリフの内容だけでなく、その必死な声音までもが、たった今聞いたかの如くリアルに再現される。

 光宣は本気だった。彼の言葉は、心からのものだったと水波には思える。光宣がパラサイトになったのは自分を助ける為――水波はそれを、理屈抜きで理解した。

 

「何故なのですか……?」

 

 

 水波の口から呟きが漏れる。夜風に紛れたその問い掛けは、あの日から、夜ごとに繰り返されたもの。答えをくれる相手は、ここにはいない。そう知りつつ、彼女は問わずにはいられない――自分の為に、何故そこまでしてくれるのか?

 水波が光宣と共有した時間は、僅か三日間。しかも先日再会するまで、半年以上顔を合わせていない。いや、会うどころか電話で話した事もメールを交わした事もない。八ヵ月前の僅か三日間の事とは言え、水波は光宣の事をしっかりと覚えていた。この世のものとも思われぬ美貌を持つ、同い年の男の子と、共に過ごす。その鮮烈な時間を、忘れられるはずもなかった。

 深雪に匹敵する「美」を持つ異性。同性の深雪でも、同じ時間、同じ場所にいるだけで、自分の中にその存在が刻み込まれていくように感じられるのだ。異性の光宣がより強烈な印象を残すのは当然ではないだろうか。自分でなくても女の子ならば、光宣のような麗しい男の子と過ごした時間を忘れられるはずがない。それこそ深雪のような、きわめて特殊な例外でなければ――水波は誰にともなく、心の中で力説していた。

 それは強がりでも誤魔化しでもない。彼女は本気でそう思っていた。だから余計に水波は不思議だった。自分が光宣の事を忘れなかったのは、メイドとしてお世話をした相手を忘れてはいけないという職務倫理からで、特別な感情ではない。

 

「そもそも光宣さまは、私が達也さまに想いを寄せていると気付いていたはずですし」

 

 

 水波が光宣と共に過ごした時間は、ほぼ達也や深雪と一緒に行動した時間だ。初めて光宣と会ったのは九島家での面通し。翌日から周公瑾捜索の為に奈良を巡る為に九島家へ協力を要請し、光宣が案内役を買って出たのだ。その時、どことなく深雪が光宣と自分を二人きりにしようとしてるようにも思えたが、水波からしてみれば、深雪が達也と二人きりになりたかったのだろうと感じていたので、特に特別な感情は懐かなかった。

 

「次に光宣さまと再会したのは二週間後。今度は京を捜索するために京都駅で再会したんでしたっけ。あの時は千葉先輩、吉田先輩、西城先輩が光宣さまの容姿に驚いていましたね」

 

 

 達也たちとは別の理由で京都に来ていたエリカたちの表情を思い出し、水波は思わず笑みをこぼす。周公瑾の手掛かりを探しに行ったのだが、観光気分がゼロだったかと言えばウソになる。奈良を捜索した前回と違い、あの日は敵と戦う状況が発生しなかったからかもしれない。別行動を取ったエリカたちは周公瑾に与する古式魔法師から攻撃を受けたようだが、水波のグループでは戦闘が無かったからだ。

 もちろん、ただ遊んでいたわけではない。清水寺の参道に隠された『伝統派』の拠点を突き止め、周公瑾の行方に関する大きな手掛かりを掴んだ。だがその功績は実質的に達也が一人で成し遂げたもので、深雪と光宣はアシスタントとして貢献したが、水波自身は本当にただついていっただけだった。

 

「(……あのお店の湯葉鍋、美味しかったな……って、そんな事を思いだしている場合ではありません!)」

 

 

 自分が役立たずだったという記憶から思わず逃避してしまい、咄嗟に思い浮かべたのが食事の事だったという事実に、水波はダブルでショックを受けた。

 

「私はそんなに食いしん坊だったのでしょうか……」

 

 

 自分ではそれほど食いしん坊なつもりは無かったのに、咄嗟に思い出したのがソレでは、水波でなくてもそう思ってしまうのも仕方がない。そもそも観光で行ったわけではないので、京都の景色をじっくりと見て回ってもいない。だから京都の景色の思い出が無くても仕方がないのだが、だからといって食事のシーンしか思い出せない自分を、水波は恨んだ。

 

「こんな事、達也さまや深雪様に知られたくはないです……」

 

 

 そんな事を知られても、達也や深雪の態度が変わるとは水波も思っていないが、少なくとも年頃の乙女としては、想いを寄せている相手に「食いしん坊」などと思われるのは避けたいのだ。

 

「と、とにかく別の事を考えなくては!」

 

 

 自分が役立たずだった事と、食いしん坊だったのかもしれないという思い出を頭の中から追いやり、水波は別の事を考えようとしたが、暫くは何も考えられなかった。

 ひとしきり恥ずかしい思いをした後、水波は漸く別の思い出を記憶から呼び起こした。思考が再開したのは、秒針が二周以上してからの事だった。




恋する乙女にとっては問題だったんだろうな……

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