劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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心配性なんですよね……深雪相手限定で


達也の不安

 深雪が水波の入院している病院を出たのは二十一時過ぎの事だった。一般病棟の面会時間は本来二十時までなのだが、無理を言って消灯時間まで病室にいさせてもらったのである。新たなパラサイトの侵入を阻止すべく、座間基地に着陸した米軍輸送機を急襲した達也は、既にミッションを完遂し四葉ビルに戻っている。「迎えに行こうか」というメールを受け取ったのも、深雪がお見舞いを切り上げた理由の一つだ。

 

「夕歌さん、わざわざすみません」

 

「良いのよ。私も帰るところだったんだから」

 

 

 深雪が病院を出るタイミングで、丁度見張りのローテーションだった夕歌と鉢合わせし、報告の為にビルに向かうという事で深雪は夕歌の車に同乗させてもらった。ちなみに、エリカは千葉家の門弟が迎えに来て新居の方へ送ってもらっている。

 夕歌は現在、魔法大学の院生だ。学部を卒業したのは今年の三月だが、一昨年から今の研究室に所属していた、魔法学の研究は機械だけでは進められず、魔法師による実践が不可欠である為、優れた魔法技能の持ち主は学生でも厚遇を受ける。夕歌が所属している研究室は四葉家の援助を受けている上、彼女は魔法師の中でも希少な精神干渉系魔法の使い手なので、教授から三顧の礼で迎え入れられたのだった。

 深雪と夕歌を乗せた自走車は、四葉ビルの地下駐車場に到着し、深雪と夕歌、そして運転手を務めていた夕歌のガーディアン・桜崎千穂も車から降りる。

 

「ありがとうございました」

 

 

 車を降りた深雪が、夕歌と千穂に軽くお辞儀する。

 

「どういたしまして。今度一緒に食事でも如何?」

 

「ええ、予定がありましたら是非」

 

 

 笑顔で社交辞令を返してきた夕歌にそう応えて、深雪は夕歌たちとは別の最上階への直通エレベーターに乗り込む。ケージが止まり扉が開くと、達也が玄関のドアを開けて待っていた。

 

「お帰り」

 

「……ただ今戻りました」

 

 

 達也の出迎えに恐縮しながら、それでも頬を緩めて深雪は玄関を上がる。二人はそのままリビングに直行し、達也はソファに腰を下ろし、深雪はキッチンへ向かった。

 何時も通り丁寧に手で淹れたコーヒーを達也の前に置き、自分は向かい側に腰を下ろした。だが達也はカップを持って立ち上がり、深雪の横に移動した。

 深雪が戸惑いの眼差しを達也に向けるが、すぐに視線を自分のカップに移した。俯き加減に浮かべた微笑みは、喜びと羞じらいを同時に表していた。だらしなく笑み崩れた――と自分では思っている――顔を柔らかく引き締め、深雪は顔を上にあげ達也に目を向けた。

 

「達也様、お疲れさまでした」

 

「深雪もご苦労様。水波の様子はどうだった?」

 

「日常動作のレベルでは、すっかり快復しているように見えました」

 

「そうか。昨日はまだ、ぎこちないところがあったんだが」

 

「はい。それも全く目につかなくなっています」

 

 

 達也は一安心という表情で「そうか」と言いながら頷く。そのすぐ後、深雪が小さく息を吸う。垣間見える、僅かな緊張。それだけで達也は、深雪が何を告げようとしているのか気付いていた。

 

「光宣君も、姿を見せませんでした」

 

「文弥、そして九島閣下と一戦交えたばかりだ。パラサイトの治癒能力で怪我は消えても、疲労は残っているのだろうな。それに閣下を死なせてしまった事で、光宣はますます身動きがとり辛くなったのではないか。これまでは十師族だけを相手にしていれば良かったが、今後は国防軍が光宣の捜索に加わるだろう」

 

「国防軍が、ですか?」

 

「九島閣下は引退後も国防軍内部に大きな影響力を持っていた。去年、パラサイドール事件で失脚した後も、閣下を慕う軍人は少なくないはずだ。長い時間をかけて醸成された忠誠や信奉の心は、一度の事件で消えてしまうものではないからな」

 

 

 そもそもパラサイドールの開発は、やり方がマズかっただけであって、そのコンセプトは軍の倫理に照合するなら間違っていない。人に害を為す妖魔を兵器として用いる事にリスクはある。だがピクシーという身近な実例を通じて、パラサイドールとの共存は不可能ではないと証明されている。少なくとも達也にとって、それは疑いようのない事実だ。

 とはいえ、人間に寄生しているパラサイトは危険な存在だ。致死性が高く治癒が不可能な病原体のキャリアと同じ種類のリスクがある。達也が光宣を敵視するのも、水波にパラサイトを感染させようとしているからに他ならない。

 事情を詳しく知る軍人は、パラサイドールとパラサイトを分けて考えるに違いないし、詳しい事情を知らなければ、そもそも九島烈に対する崇敬の念を失う理由が無い。

 

「達也様は、光宣君が首都圏に再侵入するのは難しいとお考えなのですか?」

 

「何も無ければ、難しいだろう。だが残念ながら、今は……」

 

「……具体的なケースを、達也様は想定されているのですか? 私たちは何を警戒すべきなのでしょう?」

 

 

 言い淀んだ達也に踏み込んだ質問をするのを、深雪は一瞬躊躇う。だが結局、彼女は聞かずにはいられなかった。水波の――彼女たちの大切な家族の安全に関わる事だからだ。

 

「現在進行している大亜連合と新ソ連の軍事衝突。そこで重大な局面の変化が起れば、国防軍の目は北に向く」

 

「その混乱に乗じて、光宣君が忍び込むと?」

 

「その可能性が高いと思う。具体的には、大亜連合の敗北直後。そこが山になると考えている」

 

 

 達也の眼差しは深雪の瞳に向けられている。だが深雪には、達也の目が未来を見つめているように感じられた。




一高校生が考える事ではない気も……

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