劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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返り討ちに遭うとは思わないんだろうな……


非合法活動の標的

 現地時間七月一日、日本時間七月二日午前八時。USNAニューメキシコ州ロズウェル郊外に位置するスターズの本部基地に第五隊隊長、ノア・カペラ少佐が帰投した。

 

「カノープス少佐他二名の護送、及び『ホースヘッド』のハワイ基地移送を完了しました」

 

「ご苦労だった。今日はゆっくり休みたまえ」

 

 

 基地司令ポール・ウォーカー大佐が報告に訪れたカペラを労う。しかしカペラは、デスクの前から動こうとしなかった。

 

「少佐、何か言いたい事があるのかね?」

 

「大佐殿。小官は『イリーガルMAP』を自由にすべきではないと考えます。あの者たちの暴走でどれ程大きな損失が生じたか、大佐殿もお忘れではありますまい」

 

 

 イリーガルMAP。非合法魔法師暗殺者小隊。表沙汰に出来ない暗殺任務を専門に請け負っていた魔法師部隊で、『コールサック』『コーンネビュラ』『ホースヘッド』の三部隊で構成される小隊だ。

 イリーガルMAPの対人戦闘能力は極めて高いが、これまで度々通常の部隊であれば命令違反を問われる暴走事件を引き起こしている。彼らの仕事の後始末の為にスターズが大きな犠牲を強いられたのも、一度や二度ではない。先代シリウスを失った『アークティック・ヒドゥン・ウォー』も、彼らが新ソ連秘密部隊との間で繰り広げた暗殺合戦が一つのきっかけになったと見られてる。

 いくら腕が立って仕事が出来ても「シリウス」の犠牲はさすがに看過できるものではなかった。その上あの戦争で失われたのはシリウス一人ではなく、恒星級隊員に何人もの欠員を生じさせたのだ。新ソ連との間の戦後処理が一段落した後、上層部はイリーガルMAP全員をミッドウェー監獄収監を決定した。これが七年前の事である。

 

「だが、彼らの任務遂行能力は確かだ」

 

「過剰殺戮は任務を正しく遂行したとは言えません」

 

 

 引く気配がないカペラに、ウォーカーはため息を吐いた。階級はウォーカーが大佐、カペラは少佐だが、年齢・軍歴はカペラの方が上だ。スターズ恒星級隊員最年長のカペラに対しては、ウォーカーも頭ごなしな態度はとりにくい。

 

「……通常の任務ならそうだろう。だが今回は相手が相手だ。オーバーキル程度に目くじらを立てていれば、ターゲットに手が届かない」

 

「彼らを何に使われるおつもりですか?」

 

 

 ウォーカーは答えを渋った。権限で言えば『ホースヘッド』に与える任務をカペラに教える必要は無い。だがウォーカーは「ノーコメント」と回答する事も躊躇した。

 

「ターゲットはアンジー・シリウス少佐ですか?」

 

「そうではない」

 

 

 カペラの推測をウォーカーは反射的に否定し、そして躊躇いながら、その前の質問に答える。

 

「……ターゲットは日本の戦略級魔法師、司波達也だ」

 

 

 カペラはカノープスのように、リーナと親しい間柄ではない。今回の叛乱においても、彼の態度は中立だ。ただカペラは良くも悪くも真面目で典型的な軍人であり、軍の力を殺ぐ行為、軍機を乱す行為、戦友を害する行為に対して激しい嫌悪を見せる。中立的と言ってもパラサイトとなったアークトゥルスたちによる叛乱に好意的ではないのは明らかだ。ただ軍人の規律で、好悪の感情を抑え込んでいるに過ぎない。

 カペラは混乱を拡大しない為に、現在のところ中立的な姿勢を見せているのだ。これ以上、カペラを刺激するのはウォーカーとしても避けなければならなかった。

 

「また彼らはあくまで、チャイニーズ・マフィアから仕事を請け負ったという態で行動する。作戦開始時には、我々との関係を示す者は全て抹消されている」

 

 

 ホースヘッド分隊は東アジア系および中央アジア系のメンバーで構成されており、全員がアジア人的な外見だ。この分隊は元々東シベリア及び大亜連合領内における非合法工作任務を目的としていたので、隊員もそれに合わせた容姿の魔法師が採用されている。見た目だけなら、チャイニーズ・マフィアの手先を装ってもさほど無理はない。

 だがカペラには、そんな偽装が上手くいくとは思えなかった。どれ程パスポートや装備品を偽装しようと、魔法師同士の戦闘の場合、訊問に読心系、傀儡系の系統外魔法を使われる可能性が常に付きまとう。

 

「了解しました。しかし、彼らが暴走した場合は誰が対処するのですか?」

 

 

 しかしカペラはそれを指摘しなかった。そんな事は承知の上で作戦を立てているはずだからだ。それより彼は、より懸念される点について尋ねた。

 

「検討中だ」

 

 

 しかしその問いに対して、ウォーカーははっきりした答えを返さなかった。カペラが僅かに目を細めたのは、うんざり感が思わず顔に出てしまったのだ。

 

「……質問は以上かね?」

 

 

 自分の返答が答えになっていないことを自覚しているウォーカーは、カペラの態度を咎めなかった。その代わりに遠回しに、これ以上の問答を拒否する。

 

「はい、大佐殿」

 

「少佐、下がって良し」

 

 

 カペラは大人しく基地指令室から出て行く。その後ろ姿を見詰めるウォーカーの目には、本人も意識していない苛立ちが浮かんでいた。




達也に深雪、リーナまでいるというのに……

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